本研究の目的はマウス一次嗅覚系の神経回路形成において、神経活動が遺伝子発現を制御する仕組みを解明することである。マウスの嗅神経細胞(嗅細胞)は、多数存在する嗅覚受容体遺伝子の中から1種類のみを選んで発現し、同種の嗅覚受容体を発現した嗅細胞は、嗅球の特定の領域に軸索を収斂させる。この嗅覚受容体の種類を反映した嗅覚回路は、発達期の嗅細胞に生じる自発的な神経活動と、それによって発現を制御される軸索選別分子群によって精確に形成される。このとき、細胞の電気的な活動である神経活動が、細胞内のシグナル伝達によって、遺伝子発現という分子情報に変換されていると考えられるが、その変換機構については全く明らかになっていなかった。過去の報告から、神経活動依存的に生じるカルシウムイオンの濃度変化が遺伝子発現に影響を与えることが分かっていたため、カルシウム依存性のシグナル伝達分子に着目し、それらの遺伝子のノックアウトや急性ノックダウンによる軸索選別分子群の発現変動を調べた。しかしながら、嗅細胞のバルク解析の結果、顕著な影響は観察されなかった。この結果からは、個々の嗅細胞で生じた影響が、バルク解析によって相殺されている可能性が排除できなかったため、次に、嗅細胞の細胞種を限定した解析を試みた。 嗅細胞の細胞種は、発現する嗅覚受容体の種類によってラベルされる。そこで、嗅覚受容体遺伝子の下流にCreを挿入したマウスを新規に6ライン作成し、細胞種ごとの解析を可能にすることで、今回着目した細胞種の神経活動パターンと軸索選別分子群の発現パターンを同定した。神経活動を記録するために、世界で初めて嗅細胞のin vivo二光子カルシウムイメージング系を立ち上げ、細胞種ごとの神経活動パターンと軸索選別分子群の発現プロファイルを紐付けることを可能とした。今後シグナル伝達の阻害を行い、細胞種ごとの遺伝子プロファイルを解析する。
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