本研究は、宮沢賢治における教育・仏教・農業に関する実践やテクストの考察から賢治の「教育思想」を浮き彫りにし、同時代の思想史的文脈に位置づけることを目指すものである。2022年度は、①賢治と大正新教育の思想的関連性と②賢治への近代仏教による影響について調査を進めた。 ①では、第一に岩手県の新聞・雑誌資料の調査を通して、大正新教育を軸とした、花巻高等女学校音楽教師・藤原嘉藤治と賢治の共鳴を描き出すことを試みた。これにより、嘉藤治は近代自然科学による世界の断片化を問題視し、より大きな宇宙生命に根ざした生を強調したこと、賢治と嘉藤治は独特な宇宙=自然観に基づく芸術による人間形成への関心を共有したことを示した。本成果は、2022年度教育史学会大会で発表した。 第二に、賢治における大正新教育と仏教思想の関わりについて、岩手県師範学校附属小学校訓導のキリスト者・佐藤瑞彦との対比を手がかりに探り、両者の生命観とそこから導き出される「個(個性)」の捉え方の共通点と差異を明らかにした。瑞彦が責任ある主体としての人格形成を唱え、他者との社会的関係の中で「個」を捉えた一方で、賢治の個性観は仏教の宇宙論的生命観に基づくものであり、それが自然とともに生きる「農」の道へと進む源泉となった可能性を示した。本成果は、2022年度教育哲学会大会で発表した。 ②では、賢治と法華系在家教団・国柱会における「教育」の相違と重なりについて、国柱会の機関紙を資料として検討し、国柱会の主張では「国体的人格」の育成へ、賢治においては「農」を重視した「地人」の道へと向かう方向性が示されていたことを明らかにした。本成果は、論文「宮沢賢治と国柱会における「教育」―国柱会機関紙『天業民報』『大日本』を資料として」として『哲學』第150集に投稿した。また、賢治の短歌作品に表れた仏教思想を検討し、『評釈 宮沢賢治短歌百選』に原稿を投稿した。
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