研究課題/領域番号 |
21J13496
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研究機関 | 立教大学 |
研究代表者 |
阿部 晃平 立教大学, 文学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2021-04-28 – 2023-03-31
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キーワード | 教育史 / 学問史 / 哲学史 / 学問分類 / 写本系譜 / 欄外註 |
研究実績の概要 |
2021年度は、各蔵書館のオンライン・アーカイヴや写本目録を精査し、未刊行の写本情報およびその原本画像の収集と分析に注力した。本研究は、既存の校訂書では割愛されがちな欄外註や図を主たる分析対象とする性質上、実際の写本の閲覧が不可欠であるが、幸いその多くはすでにウェブ上で閲覧可能な状態にある。予てより注目していた『ソロモンの哲学の書』と呼ばれるテクストの写本については、先行研究で指摘されてないものも含めてかなり収集することが出来た。それに基づき、次の課題に取り組んだ。 1点目は、各写本間における差異の析出である。『ソロモンの哲学の書』の写本は、個々の写本ごとに、テクストの章構成や分類図の描き方などに違いが見られる。それらの相違点を比較分析したところ、写本系譜学的に見て、筆写の過程における単純な誤記とは考えがたい点が多く、何らかの意図を持って「書き換えられ」ていた可能性が高いことが分かった。 2点目として、析出した内容をもとに、なぜそのような改変が行われたのか検討した。その結果、筆写の過程において、一部のテクストや図の配置を工夫することにより、古代ギリシア以来の伝統的(世俗的)な学問体系のうちに、教父によって確立された宗教的知恵を組み込もうとしていたことが明らかとなった。この研究成果については、西洋中世学会において報告した。 『ソロモンの哲学の書』とは別に、3点目の成果として、しばしば写本の余白に描かれる「学問の擬人化像」について、13世紀のとある一写本を検討した。ここにおいて、世俗知はキリストに似せた哲学の擬人化像から視覚的に発出されており、修道院教育において擬人化像が教化的な役割を担っていたことを解明した。この成果はReMo研シンポジウムにて報告した。 いずれの研究成果からも、初期中世から盛期中世にかけての学問観の変遷を追う本研究において、有意義な知見を得ることが出来た。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
21年度はCovid-19が世界的に流行していたが、本研究は基本的にウェブ上のデジタル化された史料を事実上の一次史料として用いているため、その影響は限定的であった。国内で入手困難な二次文献の海外への依頼に際して、通常よりも時間を要することがあったが、総じて研究それ自体は順調に進んでいると言える。 研究課題のうち、初期中世(7~11世紀)頃の展開に関しては、多くの写本画像を入手し得た『ソロモンの哲学の書』の分析を通じて、おおよその流れを整理することが出来た。無論、この論考以外にも未分析の写本はまだ多く残っているが、概ね当初の予定通りの進捗である。盛期中世(12~13世紀)頃については、ReMo研での研究報告に加え、いくつかの写本を個別に検討した。 他方で、成果のアウトプットに関しては、2回の口頭報告と1点の書評論文(査読なし)を上梓したが、査読雑誌への掲載は叶わなかった。内容を再度精査し、22年度の課題としたい。
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今後の研究の推進方策 |
今年度に引き続き、写本の収集とその精査を継続して行う。とくに、『ソロモンの哲学の書』は初期中世における学問論の展開を知る上で非常に重要な史料となることが今年度の研究で明らかとなったため、その写本系譜図の確立も目指す。そのためには、古書体学的な知識だけではなく、写本系譜学の知識も必要となるため、前者と並行して学習していきたい。また、次年度とりわけ注目したいのは、マルティアヌス・カペッラの『フィロロギアとメルクリウスの結婚』やボエティウスの『哲学の慰め』が筆写された諸写本である。いずれの著作も9世紀中葉以降、修道院附属学校で自由学芸の教科書として広く利用されていたもので、とくに9~10世紀頃の写本の欄外には非常な量の註釈が書き込まれている。これらは基本的にテクストの内容を説明するために加筆されたものであるが、手工芸的学芸(artes mechanicae)に対する見方など、一部では独自の解釈を提示している箇所もあり、一考の価値がある史料である。 また同時に、すでに刊本のある12世紀以降の主要なテクスト(サン・ヴィクトルのフーゴ『ディダスカリコン』やドミニクス・グンディサリヌスの『学問区分論』など)との連続性ないしは断絶性についても考察する。先行研究では見過ごされがちであった初期中世における展開を加味することによって、該当分野における新たな地平が見えてくるものと想定される。 以上の研究から得られた成果は、何らかの形で口頭報告を行い、また今年度上梓出来なかった論文と併せ、『西洋中世研究』などの査読誌への掲載を目標とする。
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