電荷移動錯体κ-(BEDT-TTF)2X系はDimer-Mott系の典型例として盛んに研究されている物質であり、超伝導やスピン液体など多様な電子物性を示す事が知られている。この系は分子性導体として、無機金属化合物と比べて柔らかな格子を持ち、圧力などの外場に対して鋭敏な応答を示すという特徴を持つ。また格子の自由度が物性の発現機構においても大きな役割を果たすことが期待される系である。本研究では、特にMott一次相転移線近傍の領域に注目して、部分重水素置換塩を用いたさまざまな温度域での熱容量を主とした測定を行い結果について議論した。
低温(~3 K)での熱容量測定は物質の電子熱容量係数γを与え、これはバンド構造についての情報を与える。最も絶縁体に近い超伝導体について測定を行ったところ、この物質は磁場に対して超伝導の抑制に基づく回復と磁場誘起絶縁化による抑制という二つの機構が拮抗した挙動を示した。この挙動はHubbard-gapが開ききる直前において発生する小さな伝導バンド(mid-gap state)という新たな状態が発現している事を示唆している。
また、超伝導転移温度(10 K付近)で得られる熱容量のピーク強度は超伝導電子対の結合強度を計る指標となる値である。相転移線近傍に位置する超伝導体のバンド構造は外部磁場に対して特異な反応を示し、また、超伝導体の結合強度は増強と減衰という二つの機構が拮抗した挙動を見せた。さらに、高温での熱容量の測定結果から、これらの電子相のふるまいは、相転移線近傍で格子が大きく挙動を変化させている領域の中で起きている事がわかった。これらの挙動は相転移線近傍の伝導相ならびに超伝導相がただバルク性を喪失するだけではなく、量子揺らぎの影響などを受けながら極めて興味深い挙動をとることを示している。
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