2022年度の前半はドイツ・ベルリンにおいて、後半は日本において研究活動を行った。研究課題の「文字景観」に関して、これまで行ってきた印刷物の分析だけでなく、写真資料によるベルリンの街並みの分析を進めた。とくに、19世紀後半から交通量や人の行き交いが多かったフリードリヒ通り、ライプツィガー通り、クアフュルステンダムというベルリンの3つの地域を調査した。これらの地域の文字景観については、ドイツ文字の使用例は非常に少なく、確認した文字書体全体の2%から4%の割合にとどまることがわかった。この結果は、1908年に帝国議会において行われた文字をめぐる議論において、ラテン文字使用を支持した議員の発言に一致するものである。このように実のところは、街中で日常的に人々が目にしていた文字というのはラテン文字が圧倒的に多かったと言える。ラテン文字使用が圧倒的に多いことは、街中ではコミュニケーションという観点から「読みやすさ」「理解しやすさ」「目に入りやすさ」といった実用性が優先されたことに起因すると思われる。以上の街中の文字景観に関する調査結果は、同時代の印刷物における文字の使用実態とは異なる様相を呈している。この乖離が、当時の人々にドイツ文字の温存に関する躊躇を抱かせたのではないかと考えられる。 今回の調査により、文字景観を歴史的な視点から分析するために必要なデータの収集方法について今後さらに検討が必要であることがわかった。実際の使用例を見ると、商店の看板、道路標識のほか、政党のポスターや横断幕といった政治的な要素の強いものも確認できたので、政党ごとにどの時期にどの文字を使用していたのかという点についても調査を進める予定である。また、今回の調査はベルリンという首都で、人通りの多い国際性のある場所を対象にしたものであったので、今後は規模の違う地域や都市についても調査していく。
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