研究課題/領域番号 |
21J14103
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研究機関 | お茶の水女子大学 |
研究代表者 |
林 いのり お茶の水女子大学, 人間文化創成科学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2021-04-28 – 2023-03-31
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キーワード | ヴェルディ / オペラ / 楽曲分析 / 歌唱旋律 / 朗唱 / イタリア / 台本 / イタリア詩 |
研究実績の概要 |
1. 9月8日から17日にかけて、イタリアで資料調査を行った。Biblioteca del Conservatorio di Musica "Giuseppe Verdi"では初期出版楽譜を調査し、《シモン》に関しては手稿譜とリコルディ社の初演出版楽譜、現在の楽譜に大きな相違がないことを確認した。Archivio Storico Ricordiでは自筆譜における歌唱のアーティキュレイションに関する記譜を調査した。Istituto Nazionale di Studi Verdianiでは、研究対象以外の作品に共通する書法を確認した。また19世紀イタリアオペラ研究の権威M.Beghelli博士(ボローニャ大学准教授)らと意見交換を行った。調査結果は2件の口頭発表で発表された。IMSEA Virtual Conference for Graduate Students and Early Career Scholarsでは《シモン》の特徴である、同音反復の音型と劇的状況の関係について発表し、日本音楽学会第72回全国大会では《シモン》改訂における演劇面の変化が旋律の音型に反映された例を示した。査読誌への投稿も行った(現在査読中)。 2.「朗唱と歌唱の境界」について、旋律音型を台本詩行の形態と関連づけた分析を試みた。まず台本上の「解けた詩行versi sciolti」と「叙情的な詩行versi lirici」における韻律の音楽的反映を明らかにし、その上で、両詩行形態の音楽が融合している箇所を抽出し、その音楽的・演劇的な効果を論じた。その結果、改訂された場面では、詩行形態や音節数の変化といった台本詩行の修正が、旋律の音型のみならず和声進行や調構造にも影響を与えていた。例えば、より散文的な11音節詩行に変更された箇所は、音楽上でもレチタティーヴォと楽曲の音楽的な融合が起こっていた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
イタリアの現地調査では時間的な制約のため、当初予定していた史料調査のうち一部(《ファルスタッフ》の自筆譜)史料については十分に調査することができなかった。一方で、《シモン・ボッカネグラ》の関連資料については調査が進み、自筆譜内の、特にオーケストラ声部には何箇所かで修正の跡が見られるが、歌唱旋律やアーティキュレイションについては現行の出版楽譜と大きな違いがないことが確認された。これは後期の作品については、リコルディ社の楽譜出版時ヴェルディが校正を行っていたということの裏付けでもある。また、ボローニャ大学での他研究者との懇談は、今後の研究の方向性を定めるきっかけとなる貴重な機会であった。国際学会および日本音楽学会全国大会での発表では、《シモン》1857年版、改訂版について、特定の劇的状況に用いられる歌唱旋律音型およびオーケストラ伴奏テクスチャの関連を、両版の比較を行いながらより具体的に、豊富に例示する事ができた。《オテッロ》及び《ドン・カルロ》の調査結果を含めた分析結果については、発表が内定している令和4年度8月の国際音楽学会にて発表を行う予定である。これらのテクストに関する調査と並行し、19世紀イタリアの劇場におけるオーケストラ編成、演出についても先行研究から調査を行った。いずれもフランス(特にパリ・オペラ座)からの影響が強く見られ、演技力を高く評価された歌手V.モレル(《シモン》改訂版から《ファルスタッフ》まで3作連続で初演に携わった)が、サラ・ベルナールやコクラン、ライシェンベルクなど一流の舞台俳優と共にパリ万博(1900)に出演していたこともわかり、ヴェルディが当時フランスの演出や演技を高く評価していたことの裏付けとなった。このような「評価される演出、演奏」が《シモン》改訂版以降の作品の音楽、特に歌唱旋律にもたらした影響について、楽曲分析を行う準備が整ったと言える。
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今後の研究の推進方策 |
引き続き《シモン・ボッカネグラ》および《オテッロ》《ファルスタッフ》を中心に楽曲と台本の分析を行う。具体的には、1.イタリアでの史料調査 2.楽曲・台本分析 3.国内外での研究発表と論文投稿 を計画している。詳細は以下である。 1.イタリアでの史料調査:本年度は研究対象作品として、《シモン・ボッカネグラ》の「レッジョ・エミーリア版」を加える。この版は、1857年にレッジョ・エミーリア州の劇場での上演に伴いヴェルディが微修正を加えたものであり、オーケストラの一部の楽器パートの変更や、一部調性の変更が指摘されている。本研究では1857年版や改訂版と同様に、詩行と歌唱旋律の関係に主眼を起いて分析を行う。加えて、同じく改訂が重ねられた作品であり、《シモン》改訂版と《オテッロ》の間に改訂された《ドン・カルロ》の楽曲も調査する。この2作品と《ファルスタッフ》の一次資料を見るため、9月に再び渡伊調査を行う予定である。 2.楽曲・台本分析:昨年度と同様の分析方法を用いて、《シモン》計3版・《オテッロ》・《ファルスタッフ》の分析を完了させる。 3.国際学会1件、国内学会1件の発表が決定している。5年おきに開催される国際音楽学会(IMS)の世界大会(アテネ、8月現地開催予定)での研究発表および、早稲田大学イタリア研究所イタリア言語・文化研究会での研究発表である。これらの発表ではイタリア調査前の研究成果を提示する。加えて、査読誌1件、国内学会発表1件を計画している。ここでは資料調査の結果を踏まえた研究成果を発表する予定である。 以上の計画で研究を推進しつつ、博士論文の執筆を行い年度内に提出することを目標とする。
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