正方晶イットリア安定化ジルコニア(t-YSZ)はセラミックスの中では驚異的な高靭性を有するために種々の構造材料として実用に供されている材料である。この高靭性の起源は、正方晶から単斜晶への無拡散相変態による応力緩和およびエネルギー吸収によるものであると考えられているが、これを実際に直接観察した例はなく、その強化機構にはいまだに不明点が多いのが現状である。これは、t-YSZ自体の複雑な組織や微視的機械試験の困難さが原因である。本研究では、単結晶性のt-YSZを薄膜として作成し、これに対してTEM内ナノインデンテーション法を用いて応力を印加することで、その相変態過程を直接観察した。また、同時に荷重-変位曲線を取得することで機械特性を測定した。 その結果、相変態に伴って荷重-変位曲線の傾きが鈍化したため、相変態によって応力集中が緩和することが示唆された。また相変態核生成箇所や相変態前後の正方晶-単斜晶格子の方位関係などを観察し、これらの結果に基づいて有限要素法シミュレーションを行ったところ、相変態を誘起する応力は特定方向の剪断応力であることが示唆された。 その後更に印可荷重を増大させることにより、試料内に亀裂を導入して亀裂進展挙動を直接観察した。その結果、亀裂は正方晶-単斜晶界面に沿うように偏向され、特に格子不変変形として数十ナノメートル幅の双晶が形成されている領域では、亀裂が細かく蛇行する様が見られた。こういった特徴的な微視的亀裂進展挙動は、微小亀裂の進展に対する抵抗力としてはたらく可能性がある。
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