本研究は,骨格筋細胞の損傷,再生,肥大といった適応を誘導するそれぞれに特異的な細胞内カルシウムイオン時空間パターンが存在するという仮説を検証することを目的としている. 昨年度の筋損傷過程を対象とした検証に引き続き,本年度は損傷から再生後の骨格筋における細胞内カルシウムイオンパターンを検証した.損傷再生過程を経て2度目の伸張性収縮時には,伸張性収縮を初めて実施した場合と比較して細胞内カルシウムイオン蓄積が抑制された.また,2度目では伸張性収縮による筋損傷率も大幅に減少し,繰り返し効果として広く知られる現象が確認された.これらの結果から,2度目の運動以降筋損傷が抑制される繰り返し効果には,細胞内カルシウムイオンパターンの違いが存在することが示された.1度目と2度目の差異をもたらす要因として骨格筋のカルシウムイオン濃度を制御するタンパク質の発現量を検証したところ,ミトコンドリアに存在するカルシウムイオン輸送タンパクの発現量が損傷再生を経た2度目では増加していた.このことから,損傷再生を経た骨格筋ではミトコンドリアによるカルシウムイオン取り込みの寄与率が高いことが考えられる.このようなミトコンドリア優先的なカルシウムイオンパターンの形成について,さらに筋の成長が著しい離乳期からの成長過程を対象として検証した.離乳期のラット骨格筋において,細胞内カルシウムイオン濃度の低下ならびにミトコンドリアカルシウムイオン取り込みタンパク質の高発現が認められた.これらの結果より,再生期と発育期の骨格筋に共通するミトコンドリアのカルシウムイオン取り込み機構の亢進は,細胞内カルシウムイオン濃度の抑制と骨格筋の適応に重要であることが示唆された.以上より,骨格筋の適応にはカルシウムイオン濃度を制御する細胞小器官がおりなすカルシウムイオンの特異的な時空間濃度パターンが重要である.
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