温度は生体分子の状態や化学反応に影響を与える普遍的な物理量である。本研究では多種の生体分子がダイナミックに化学反応する細胞分裂に着目し、細胞自発的発熱による温度変動が細胞分裂を駆動するという仮説を元にその証明とメカニズムの解明を目標にした。 本研究ではまず、分裂中細胞の温度マッピングに向けた細胞内温度測定の高速化を行なった。従来の研究で確立されていた蛍光性ポリマー型温度センサー(FPT)の蛍光寿命を用いた温度測定では単一細胞内の温度マッピングに1分程度の時間を要していたが、蛍光寿命値計算の最適化及び最新鋭の検出器によるphoton検出効率の向上により、これを1秒以内に取得することが可能となった。この手法を用いて有糸分裂中細胞の温度マッピングを行ったところ、有糸分裂中期において形成される紡錘体においてその極と染色体付近に細胞自発的発熱により生じた高温部分が存在していることを発見した。そこで、有糸分裂中にこの発熱を利用する反応を阻害するため、細胞内で局所的な温度上昇を抑制する吸熱ポリマーを開発した。吸熱ポリマーを有糸分裂中の細胞に導入してその過程を観察したところ、分裂中期において染色体分離が阻害されることが明らかとなった。さらに、細胞内で発生した熱が有糸分裂を駆動するメカニズムを明らかにするため、高温を示した紡錘体極と赤道面を赤外レーザーにより局所加熱して紡錘体の形態を観察したところ、極の加熱では両極間距離が長くなる方向に伸張し染色体分離が促進された一方、染色体付近の加熱ではその逆方向への変形が観察された。この結果は細胞自発的発熱により生じた紡錘体極の高温部分が染色体分離を駆動することを示しており、細胞自発的発熱が有糸分裂を駆動するという仮説を証明するものである。本研究は、細胞内の自発的発熱の新しい機能を示すことで、ダイナミックな細胞機能の理解に貢献するだろう。
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