研究課題/領域番号 |
21J15552
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研究機関 | 愛媛大学 |
研究代表者 |
神田 宗欣 愛媛大学, 理工学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2021-04-28 – 2023-03-31
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キーワード | ニワトリ / 有機リン酸エステル系難燃剤 / 発生毒性 / 心血管毒性 / 殻なし孵化装置 / 鳥類 / トランスクリプトーム / RNA-seq |
研究実績の概要 |
有機リン系難燃剤(OPFRs)は、織物・家具などの難燃剤として世界で広く使用されており、摩擦や揮発により環境中に容易に拡散される。リン酸トリス(2-クロロエチル)(TCEP)は、OPFRsの一つであり、環境中や野生鳥類の組織・卵から検出されている。これまで、ニワトリ胚へのTCEP曝露による成長および心血管系への表現型影響を調査してきた。しかし、どのような分子メカニズムでTCEPが発生遅延・心血管系毒性を誘導するのかは不明である。そこで本研究は、TCEP曝露によるニワトリ胚の発生遅延・心血管毒性の分子メカニズムの解明を目的とした。 対照群(DMSO)または50, 250, 500 nmol TCEP/g eggを投与した孵卵5日目のニワトリ胚の心臓トランスクリプトームおよび胚体外血管(卵黄膜)における血管新生関連遺伝子発現を調査した。心臓トランスクリプトームにおいてKEGGパスウェイ解析をおこなった結果、VEGFシグナル伝達経路・アクチン細胞骨格調節・Wntシグナル伝達経路などを含む9つのパスウェイがエンリッチされた。シグナル伝達のリガンドであるWnt2B・INS、受容体であるFZD6・ITGA7、心筋細胞分化に関与するAKT1・PI3Kの遺伝子発現は有意に減少していた。そして、TCEP曝露群はBIN1やNKX2-5を含む6個の心伝導関連遺伝子の発現が有意に低下していた。したがって、これらの遺伝子発現の変動が心拍数低下と関係している可能性がある。 また、胚体外血管を含む卵黄膜を用いた遺伝子発現解析では、VEGFR2, VEGFR3・VEGFC・HIF1A・AKT1・PIK3CA・RAC1のmRNAレベルが有意に減少していた。したがって、ニワトリ胚に対するTCEP曝露は、心伝導およびVEGFシグナル伝達関連遺伝子の発現を減少させ、心拍数や血管形成を抑制することが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでに、TCEPがニワトリ胚に対して成長遅延および心血管系機能に影響を及ぼすことを表現型エンドポイントの測定により明らかにしてきた。そこで当該年度は、「曝露-遺伝子発現-表現型影響」の関係を予測するため、TCEPを曝露した孵卵5日目のニワトリ胚心臓・胚体外血管(卵黄膜)を用いてRNA-seq解析およびqRT-PCRによるトランスクリプトーム解析をおこなった。心臓トランスクリプトームでは、23000種以上のmRNA発現量を測定して発現変動遺伝子を特定した。Gene Ontology・パスウェイ・ネットワーク解析によって、心伝導・VEGFシグナル伝達経路・アクチン細胞骨格調節・Wntシグナル伝達経路に関連する遺伝子発現が変動していることが確認された。これらパスウェイにおける発現変動遺伝子の中で、心筋細胞分化・収縮機能・血管新生に関与するAKT・PI3Kの遺伝子であるAKT1・PIK3CA・PIK3R3・PIK3R5の発現はTCEP濃度依存的に減少していた。したがって、AKTおよびPI3Kの発現減少が心拍数低下や血管形成抑制に関与している可能性が示された。 また、胚体外血管においてVEGFシグナル伝達経路に関与するVEGFR2, VEGFR3・VEGFC・HIF1A・AKT1・PIK3CA・RAC1のmRNAレベルが有意に減少していることがわかった。 以上より、当該年度は概ね研究成果が得られた評価できる。
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今後の研究の推進方策 |
今年度は、心臓トランスクリプトーム解析の結果からTCEPの標的タンパク質を予測し、タンパク質発現をウェスタンブロッティングまたはプロテオーム解析で定量する。プロテオーム解析では、iTRAQ法およびMALDI TOF/TOF MS/MSを使用してタンパク質発現を網羅的に解析する。次いで、心臓サンプルに対して組織透明化試薬を用いて脱脂をおこない、標的タンパク質を蛍光色素でラベル化する。蛍光顕微鏡で撮影して3D画像を作成する。標的タンパク質の発現部位・発現量を解析し、表現型の影響との関連性を検証する。 また、トランスクリプトーム解析およびタンパク質発現解析結果からTCEPと相互作用する標的受容体を予測し、統合計算科学システムソフトウェアMOEを使用して、TCEPと受容体タンパク質との親和性・ポケット形状適合性・溶媒和を考慮した相互作用エネルギーを評価する。ニワトリ胚を用いたTCEP標的受容体のアゴニストおよびTCEPの共曝露試験を実施し、TCEPによる発生遅延・心血管毒性の誘導が抑制されるか評価することでTCEPと相互作用する標的受容体の同定を試みる。
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