本研究では,振動解析や制御理論などの工学分野に現れる行列方程式を考える.大規模な行列方程式の既存数値解法として,Krylov部分空間法をはじめとした多くの連立1次方程式に対する反復法が応用されている.連立1次方程式のためのKrylov部分空間法に対しては,計算を高速化するために前処理を適用して用いることが一般的である.しかし,行列方程式のためのKrylov部分空間法に対して既存の前処理を適用した場合,行列方程式の持つ特殊な構造(テンソル構造)が崩れてしまい,前処理がない場合と比べて所要メモリが増大してしまうという問題点がある.本研究では,テンソル構造を保存するような前処理の開発を行うことで,大規模行列方程式に対する実用的数値解法の構築を目指す. 本年度では,行列方程式の一つであるT-Sylvester方程式に対してテンソル構造保存型前処理の構築を行った.既存前処理手法の一つである近似逆行列型前処理が前処理行列に疎構造を与えることに着目し,これを応用することで,テンソル構造を保存するような前処理行列の生成に成功した.また,Krylov部分空間法に対して生成した前処理を適用し,いくつかの数値例に対して,テンソル構造保存型前処理によって計算が高速化されることを確認した.さらに,テンソル構造保存型前処理を構築する過程で得た知見から,画像処理に現れる畳み込み方程式の行列構造に着目し,畳み込み方程式を行列方程式として表現できることを示した.
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