申請者はキイロショウジョウバエに食餌を構成する主要栄養素である、タンパク質、糖質の量を自在に変化させた様々な餌を摂取させ、交尾後の生殖幹細胞増殖を調べたところ、糖質を摂食しさえすれば交尾後の腸NPF放出および生殖幹細胞増殖が引き起こされることを発見した。一方で、極端に糖質を減少させたエサでは交尾後の腸NPFの放出および生殖幹細胞の増殖は引き起こされなかった。すなわち、この交尾依存的なNPFの放出と生殖幹細胞の増殖には糖の摂食状態が関与していることを明らかになった。そこで、糖によって誘導されるNPFの放出がどのようなメカニズムで誘導されるのか調べるために、腸内分泌細胞で発現している味覚受容体に着目した。NPF陽性腸内分泌細胞で発現する味覚受容体の探索には、トランスジェニック技術 (GAL4-UASシステム)を用いた。これにより、9種類の糖を受容する味覚受容体の発現を確認したところ、1種の味覚受容体のみ発現していることが確認できた。また、その味覚受容体の機能を腸内分泌細胞で機能阻害することで、交尾後のNPFの分泌および交尾後の生殖幹細胞の増殖にも味覚受容体における糖受容が必要であることを明らかとなった。一連の実験から、味覚受容体が腸での糖の受容に必要であること、腸への交尾刺激の伝達にも影響を与えうる可能性が示唆された。本研究は、2つの異なる個体外刺激(交尾・栄養)が腸内分泌細胞で統合され、生殖幹細胞にその情報を伝えていることを明らかにした最初の報告である。この腸内分泌細胞における外刺激の統合は自身の生存に必要なエネルギーと生殖コストのバランスを最適化する上での生物学的意義が考えられる。
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