日本近世の支配的思潮は儒教、とりわけ朱子学であったといえる。これに対し伊藤仁斎は朱子学に対抗し独自の儒教理解を示したが、その特徴の一端を彼の『大学』及び『周易』理解に見いだすことができる。朱熹の理的世界観やその学の形而上学的性格に対して、仁斎が示した儒教をあくまでも人倫日用の道と捉える理解は、八条目を否定し「至善」を「仁敬孝慈信」といった日常的徳目と捉える『大学』理解や、『易』において繋辞伝・説卦伝を否定的に捉え、彖伝・象伝を「陰陽消長の理」を明らかにすることを通じて日用人倫の動態理解に資するものとしたことに示されている。これらの内に日本の伝統的倫理観の一つの特徴を窺うことができる。
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