研究課題
本研究はアウグスティヌスとトマス・アクィナスそれぞれの正義論と、その現代的意義の基礎的研究を主題とする。2021年度は、特にトマスの正義論との関連において、四つの目標を達成した。第一に確認したのは、「共通善」が、正義を中心とするようなトマスの政治社会論をその全体において理解するうえで不可欠な概念であることである。この重要な概念は差し当たりアリストテレスの『政治学』に由来すると見られる。しかしトマスはアリストテレスが語らなかった自然を超えた次元においても、政治社会を構成する紐帯としてその概念を明確に位置づけている。第二は、徳目の一覧表において、トマスは、アリストテレスに代表されるギリシア哲学者たちと同様に、正義をそこに含めながらも、彼らとは異なり、カリタスをその一つに据える。そしてこのカリタスこそが、超自然的な政治社会に向けた人間の在り方の一大転換を惹き起こす原動力であるとする。このことをトマスの初期著作にまで遡り、アウグスティヌス的な視座に立つペトルス・ロンバルドゥスの考えとの関連において明らかにした。第三は、トマスの特殊的正義の考え方が、現代の標準的なアリストテレス研究に照らして、『ニコマコス倫理学』の誤読に基づくものであることを精確に考察した。具体的には、トマスは特殊的正義を二つに分けるが、彼がその着想源とするアリストテレスの見るところではその正義は三つに分けられる。トマスはテキストを読み進む上で、現代のアリストテレス研究者の理解とは異なる区分を採用したのである。第四は、トマスにとっては歴史上の人物であったアダムが所有した「原初の(正)義」に注目し、この概念が「原罪」論の不可欠の構成要素となっていることを明確にした。原罪論は、トマスにとっては正義を含む徳論を成り立たせる思想的背景として、また近現代哲学にとっては「根源悪」のような思想の着想源として重要である。
2: おおむね順調に進展している
「研究実績の概要」欄に記したように、本研究は、特にトマスとの関連において順調に進捗している。また別記したように、その実績の一部は、「性向あるいは徳としてのカリタスにかんする若干の考察(上)――トマス・アクィナス『命題集注解』の場合――」と題する学術雑誌論文として、また「共通善とはどのようなものであるのか?――西洋古代・中世の二つの見解」と題する一般誌掲載の論考として、すでに公刊されている。さらに本研究代表者による、研究会やワークショップでの2021年度の三度の発表をとおして、本研究内容にかんする意見交換・批判的吟味がおこなわれ、本研究内容の質もいっそう向上した。以上の点から、今後の研究のための基盤が整いつつあると判断することができる。
アウグスティヌスとトマスそれぞれの学説の正確な理解あるいはその特徴を明らかにすると同時に、現代的な倫理学的・政治哲学的課題を検討するのに有益な材料を彼らの学説から取り出すために、本研究の第二年度である令和四年度においては、以下のような仕方で研究を進める。すなわち前年度の研究成果を踏まえ、引き続きトマスの正義概念やその成立に深くかかわるカリタス概念に光を当てる。それだけでなく、アウグスティヌスの「リパブリカニズム(共和主義)」にもあらたに主題的に取り組み、研究を進める。アウグスティヌスにかんするこの研究では、その理論の語源と密接なつながりのある共通善や、正義とのその関係が取り上げられることになる。
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龍谷哲学論集
巻: 36 ページ: 1-15
福音宣教
巻: 2021年6月号 ページ: 26-32