研究課題/領域番号 |
21K00021
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研究機関 | 龍谷大学 |
研究代表者 |
山口 雅広 龍谷大学, 文学部, 准教授 (20646377)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 正義 / 権利 / 愛徳 |
研究実績の概要 |
本研究は、「アウグスティヌスとトマス・アクィナスの正義論とその現代的意義」を明らかにすることを目指し、その基礎的研究を行っている。2022年度は特に後者の正義論に関する二つの研究を行った。 第一に、トマスのテキストを再検討し、2021年度の研究内容をより精緻に提示し直した。具体的にはトマスの正義概念の特徴を明確にするために、正義と同じく共通善を対象としながらも、共通善に対して異なる関わり方をする彼のカリタス(愛)概念の研究を、再度『命題集注解』に依拠して行った。 第二に、現代の環境倫理学や動物倫理学で問われるのと同様に、トマスにおいて動物に権利が認められるのかという問題を、彼の正義論に依拠しながら検討した。具体的には存在のアナロギアのようなトマス思想の根本命題に訴えて、彼自身は明示しない動物の権利を彼の思想体系の中にはっきりと位置づけようとする海外の試みがあるが、その試みが妥当なものかどうかを考察した。 以上の結果、第一に、トマスがアリストテレスとは異なり、カリタスを徳とすることにより、人間の自然本性を、アリストテレス的な意味で理解されるような都市国家を形成する可能性のあるものとして評価することを超えて、特定の都市国家に限定されない社会に参与し、そこでその住民たちを友としてその者たちと親しく交わる、そのような可能性を持つものとして、より高く見積もることにつながることを、2021年度以上にテキストにより精確に依拠しながら明確にできた。 第二に、人間は他者に対して正しいあり方をする義務を負うが、動物を人間と全く同じ意味では他者とすることはできないとトマスが考えていることを確認した。とはいえ人間が動物に対して残酷に振る舞うことをトマスが正当化しているわけではなく、憐れみのような人間にふさわしい品性の涵養という観点から、トマスが人間のその種の振る舞いには批判的であることを示唆した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
当初の研究計画を変更する必要性が生じたことから、本研究の進捗状況は必ずしも当初計画されていたとおりのものではない。とはいえ、大枠において本研究は着実に遂行されている。そこで、今回その状況については「やや遅れている」と判断した。 当初の研究計画では、アウグスティヌスやトマス・アクィナスの正義論のような古典的な倫理学的・政治哲学的理論がもつ意義を、現代の政治哲学や社会哲学の分野において明らかにする予定であった。しかし、その後あらたに、その理論の現代的意義を、環境倫理学や動物倫理学の文脈において検討し、西洋中世学会第15回大会シンポジウム「中世世界の人と動物」において公表する必要性が生まれた。そのため、研究計画の修正にやや時間を要することになった。とはいえ、2022年度中には、そのシンポジウムの登壇者間で打ち合わせを重ね、このテーマについて意見を交わすことができ、研究計画を修正する上で有益な示唆を数多く得ることができた。その結果、2023年度にその具体的な研究成果を公表していく見込みを立てることもできた。 またトマス・アクィナスの正義論と補完的な関係にある、彼のカリタス(愛)論の現代的意義に関する2021年度の研究成果を、2022年度に論文の形で公表するにあたり、加筆修正をする必要性があることに気づいた。投稿時に原稿を再点検したところ、論旨そのものを変更する必要性は認められなかったとはいえ、本文を修正増補したり、訳文を改訂したりする必要性があることが分かった。そこでこの作業を、当初の計画にはなかったのであるが、2022年度に一定の時間をかけて遂行することになった。こうして想定外の時間をかけることにはなったが、トマスのカリタス論がもつ現代的な意義を、いっそう説得的にかつ明確にすることができた。
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今後の研究の推進方策 |
第一に、正義論を含むトマス・アクィナスの思想に注目して、人間と動物の間のあるべき正しい関係を明確にし、その思想がもつ現代的意義を浮き彫りにするためには、今後つぎのような方策を取り、その研究を押し進めることが重要である。すなわちトマスが考える、人間による自然や動物の「支配」の意味や、トマスの正義論における「動物の権利」不在のわけを明らかにすること、加えて、動物との人間の関わり方が、正義を含む人間の「徳」の涵養に影響することを考察することが、本研究の推進方策として大切である。 第二に、正義論を含むアウグスティヌスの思想が、現代の政治哲学・政治思想の文脈においてもつ意義を明らかにするには、以下のような方策を取り、その従来の標準的解釈を再検討することが肝要である。すなわち、その思想はこれまでリベラリズム(自由主義)と結びつけられてきたが、しかし今ではコミュニタリアニズム(共同体主義)的あるいはリパブリカニズム(共和主義)的と見なされる哲学者によって肯定的に論じられてもいる。この状況に注目し、後者のような解釈の典拠となるテキストを精査することによって、彼の思想に潜在する可能性を引き出すことが、本研究を推進するために必要な方策となる。 第三に、以上のように現代の動物倫理学や政治哲学の分野において生じている諸問題に、トマスとアウグスティヌスそれぞれの正義論を含む哲学がどのような応答をなしうるのかを、多角的に考察することも、本研究を推進する上で不可欠な方策である。そこで、「現在までの進捗状況」欄で述べたように2023年度に登壇する予定の西洋中世学会第15回大会シンポジウム「中世世界の人と動物」の関係者や、2023年度に個人研究発表を行う予定の京大中世哲学研究会第275回研究会への出席者と、じっさいのシンポジウムや研究会の場において、またそれぞれの準備段階において、議論を重ねることにする。
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