本研究はアウグスティヌスとトマス・アクィナスに見られる西欧中世の正義(iustitia)論と、その現代的意義の基礎的研究を主題として開始され、以下のような成果を挙げることになった。すなわち、2021年度から2022年度にかけては、トマスの正義論と、この議論と深く関わるトマスの愛徳(caritas)論を、アウグスティヌス的な伝統的思想を視野に入れながら考察した。その結果、現代においても注目を集めるような共通善(common good)についてのトマスの思想は、正義論をはじめとするアリストテレス的な徳論だけでなく、アウグスティヌス的ともキリスト教的とも言える愛徳をも不可欠とすることが明確になった。2022年度から2023年度にかけては、現代的な用語を使用すれば、環境倫理(environmental ethics)的とも動物倫理(animal ethics)的とも言える観点と、食倫理(food ethics)的な観点から、トマスにおける人間と、人間以外の動物のあいだでの、あるべき関係を考察した。その結果、第一に、キリスト教的な立場からすれば、人間による動物の支配は肯定されうるにしても、アリストテレス的な正義論をも援用するトマスの考えに従えば、その支配は、動物の絶滅や虐待を許容するような極端なものであってはならないことが明らかになった。第二に、トマスは以上のような意味での人間による動物の正しい支配の一環として、人間が動物を食物とすることを肯定する。しかし、自然法や徳にもとづいて、その食のありようは、節度を欠く、貪食(gula)に陥ってはならないものであると考えることが浮き彫りになった。
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