本研究は、道徳教育における哲学対話を援用したいじめ現象抑止プログラムの開発を目的とする。 本研究では、まずいじめ問題という社会現象がどのような要件で成立しているかが解明された。いじめの構造は、被害者ー加害者ー観衆ー傍観者という四層構造から理解されてきたが、この構造は固定されたものではなく、加害者ー被害者、そして観衆や傍観者さえも流動的であることが文献及び研究会・学会での議論を通した明らかとなった。 次に、特別の教科「道徳」の成立背景をいじめ問題の解決という観点から丁寧に検討した。文献検討を通して、道徳教育を実施がいじめ問題の解決に直接貢献するわけではないという結論に至った。なぜなら、いじめの加害者がいじめを正当化する理論の中には、いじめの被害者の人格攻撃のみならず、いじめの被害者に対する「道徳的非難」も含まれていたからである。道徳言語(ここでは、善・悪、正・邪に関わる価値語を道徳言語とまとめて表現する)は、いじめを抑止するためだけではなく、いじめを正当化する議論としても使われてきたのである。 以上の研究成果をもとに、道徳言語の使用法と、その根拠について哲学対話を通して理解する必要性を明らかにした。人間性を否定することなく、道徳的に相手を非難するためには、道徳的に非難する根拠を自分が明確に自覚した上、相手に対して道徳言語を適切に使用するとことが求められる。道徳教育において哲学対話を援用していじめについて考えるうえでは、道徳の内容項目を複数取り扱いながら、いじめが悪い根拠について多面的に探求することが必要であることが結論づけられた。
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