研究課題/領域番号 |
21K00031
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研究機関 | 関西大学 |
研究代表者 |
薄井 尚樹 関西大学, 文学部, 教授 (50707338)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 潜在的態度 / 道徳的責任 / 外部主義 |
研究実績の概要 |
今年度は、研究実施計画に沿って(1)潜在的態度の道徳的責任、および(2)潜在的態度の外部化の可能性を研究した。 (1)について興味深いケースは、潜在的態度と顕在的態度とのあいだにギャップがあるものだ。たとえば、平等主義的な顕在的態度と差別的な潜在的態度をあわせもつひとが差別行動をおこなったばあい、そのひとに差別行動の道徳的責任はあるのか。帰属主義のように道徳的責任と本当の自己を結びつけるばあい、上記の差別行為の道徳的責任を考えることを通じて、顕在的態度と潜在的態度のどちらが本当の自己なのかという問いに取り組むことができる。この考えを背景に、論文「潜在ー顕在ギャップと道徳的責任」(Contemporary and Applied Philosophy 13, 264-284.)を出版した。この論文では、回避的レイシズムの実験を参照しつつ、潜在的態度を本当の自己とみなすのは難しいという結論に至った。 (2)については、潜在的態度の外部化を考えるうえでの手がかりとして、社会的不正義の原因や改善を個人の潜在的態度に求めるか、あるいは社会構造に求めるかという二分法のありかたを考察した。そして、個人/社会という二分法にとらわれないしかたで潜在的態度を理解することを通じて潜在的態度の外部化を図りたいと考えた。ただ、2022年に類似したテーマの論文が海外誌で出版されたため、先行研究としてそれを参照しつつ、さらに発展させた考えを「社会的不正義は潜在的態度についてなにを語るのか」というタイトルで、第3回倫理創成プロジェクトワークショップ(神戸大学人文学研究科)で発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2021年度にかんしては、本研究の進捗を妨げる要因がいくつか存在した。ひとつは、異動により勤務先の大学が変わり、職場環境の変化にアジャストすることにかなりのリソースを割かなければならなかったことである。またもうひとつは、新型コロナウイルスの予期せぬ感染拡大により、ほとんどの学会や研究会がオンライン開催になり、発表を通じて研究者からフィードバックを受けとることが困難だったことである。そのため2021年度は、研究のアウトプットより、研究資料の収集と整理といったインプットに専念し、2022年度以降の学会発表や学会誌への論文の投稿の準備に費やさざるを得なかった。 他方で今年度は、前年度に研究の進捗を妨げた要因がある程度まで解消されたため、潜在的態度の道徳的責任にかんする論文、および潜在的態度を外部化する足がかりとなる研究発表をおこなうことができた。論文にかんしては前述のように2021年度におこなった資料の収集と整理の成果であり、もともとの研究計画では2021年度と2022年度に取り組む予定だった課題に、一定の答えを出すことができたものだと考えている。研究発表で示した研究内容もまた、研究計画では2022年度にとりくむ予定だったものである。それゆえ、今年度は前年度の研究の進捗の遅れを大きく取り戻すことができたと考えている。 以上の理由から、現在までの進捗状況については「おおむね順調に進展している」に該当すると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
本年度は、2022年度に研究発表をおこなった「潜在的態度の外部化の可能性」について、さらなる考察を進めていきたいと考えている。ただ前述のように、海外誌で2022年に類似したテーマの論文が出版されたため、それをさらに発展させた視座から、潜在的態度の外部化にかんして論じたい。 そのために、まず「外部化」という考えを明確にすることを当面の課題とする。その考えは、Clark & Chalmersによる古典的論文である「拡張された心」において論じられて以降、さまざまな論者の考察をこうむることで(たとえばそれを「第一波」「第二波」「第三波」というように表現されることもある)、その理解が多様化しつつある。また、現在の研究の進展をふまえると、「4E(拡張された extended、身体化された embodied、エナクティヴな enacted、埋め込まれた embedded)認知」という言葉に示されるように、「外部化」という考えは、単一のかたちで定式化できるものではなく、いくつかの関連した考えのあつまりとみなすほうが有益だとも考えられる。そのため、外部化という考えをより詳しく考察し、より包括的な視座からその内実を明らかにしていきたいと考えている。そのことは、「潜在的態度の外部化」と述べることで実質的になにを意味しているのかを論じるにあたって、有用な枠組みを与えてくれるだろう。そのため、今後の研究の推進方策としては、まず「外部化」という考えの精緻化に焦点をあてたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由として、ひとつには、コロナウイルスの感染対策としてオンラインで開催される学会が、依然としていくつかあったことが挙げられる。そのため出張で学会に出席するために申請時に見込んでいた旅費の予算を消化することができなかった。しかし2022年度後半からは対面形式の学会も増えつつあり、この理由を懸念する必要はなくなるものと思われる。 もうひとつの理由は、研究の必要性から購入した図書はわりあい高額なものが多く、少額が残っても図書を購入することができず、その分がどうしても次年度使用額として残ってしまうということである。こちらについては、価格設定の問題であり、計画的に図書を購入しても次年度使用額が残ることを避けることは難しい。 次に使用計画についてだが、翌年度分として請求した助成金は、今回の次年度使用額(3366円)をふまえても、ほとんど増額はしていない。したがって、申請時に見込んだとおりのバランスをほとんど変えることなく予算を消化できると考えている。
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