最終年度は、ヴィクトル・デルボスのドイツ哲学受容の背景を明らかにするために、エミール・デュルケムによるドイツ哲学およびドイツ社会学の受容の状況の調査およびデルボスと同時期にドイツ哲学史の教授を務めていたレヴィ=ブリュルによるドイツ哲学の受容について調査を行った。 研究期間の全体をとおして、以下のことが明らかとなった。デルボスのドイツ哲学の受容は、最初期の『スピノザの道徳問題』と、1900年ごろに提出された博士号請求論文であるカントの道徳哲学、そしていくつかの論文と講義録とをとりまとめて出版された『スピノザ主義』とによって示されている。 デルボスの議論の批判的背景には、ルヌーヴィエのカント解釈、ラシュリエによるカント解釈があり、それらにたいしてよりカントに忠実な道徳論を提示しようとするところにデルボスの特徴がある。内容的には、デルボス本人は否定しているものの、ラシュリエやルヌーヴィエのそれよりも規範を重視する傾向にあり、スピノザの道徳論と同型性を示していることも指摘されている。 他方で、この時代に現代の意味での「道徳」というよりも「モラルサイエンス」という意味でのより広い道徳科学が主題化されており、デュルケムやレヴィ=ブリュルはそのような文脈においてとくに実証主義の立場から「モラルサイエンス」を主導するものとみられていた。 デルボスは実証主義よりも、ブートルーの観念論のほうに近い。ただそのようななかで、デルボスがとりわけ、モラルと意志の問題に集中することになる理由は、まさにモラルサイエンスの文脈のなかで、自由意志による規範への自律的な従属とは異なる仕方で、とりわけ感情の論理と社会的組織化の論理のなかでモラルを思考しようとする実証主義とのコントラストにおいて理解されうるものであることがわかった。
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