研究課題/領域番号 |
21K00091
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研究機関 | 福山市立大学 |
研究代表者 |
桑田 学 福山市立大学, 都市経営学部, 准教授 (20745707)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | ネイチャーズ・エコノミー / 産業革命 / 石炭問題 / 熱力学・エネルギー論 / 経済学方法論争 |
研究実績の概要 |
本研究は「人新世」と呼ばれる時代認識の思想的起源を、およそ19世紀の産業革命期から両大戦間期のイギリスにおいて展開されたエコノミーとエコロジーをめぐる思想史を軸に解明することを目的としている。人新世の端緒とされる化石燃料の大量燃焼に依存する「化石経済」の出現が、地球の気候や生物圏を不可逆的に変質させていく事態を、同時代の人文知や社会科学的な知がどのように批判的分析の対象としてきたのか、という歴史の解明が中心的な課題となる。 研究の初年度にあたる2021年度は、19世紀における有機経済から石炭燃焼を基盤とする化石経済への移行が、同時代の経済思想や自然の観念にいかなるインパクトをもたらしたのかを明らかにするため、(1)化石経済の勃興に伴う環境の変質をいちはやく批評的分析の対象としたジョン・ラスキンの経済・環境思想、ならびに(2)19世紀末イギリスにおけるラスキンの思想的影響の広がりについて検討を行った。 (1)については、特にラスキンの「生命と富」の概念を軸とする経済論における古代ギリシャのオイコノミア思想の受容について検討するとともに、ラスキンの産業文明批判を代表するテクスト『19世紀の嵐雲』について、特に熱力学・エネルギー論を中心とする同時代の科学史的文脈から分析を試みた。また(2)については、ラスキンの思想的影響下にあって、熱力学や生物学にもとづいて独自の経済論を展開した生物学者パトリック・ゲデスの思想を、イギリス経済学方法論争や生物進化の論争史など同時代の交錯する経済思想と科学史の文脈に位置づけて検討した。 以上の検討により、石炭燃焼に支えられた19世紀後半の産業化の現実のなかで、それ以前の神学的なネイチャーズ・エコノミー概念とは異なる、エコロジーとエコノミーの連関を捉える新たな思想や論法がいかに立ち上がっていったのかについて一定の見通しを得ることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2021年度の研究についてはおおむね順調に進展していると評価している。上記の研究実績の概要で示したように、ラスキンとゲデスを主要な分析対象としながら、経済思想と科学史の双方の観点から19世紀後半における人新世的思考の形成とその背景についてある程度明らかにすることができた。また上記にかかわる研究成果も部分的に発表することができた。ただ一方で、新型コロナウイルス感染症の影響で、予定していた国外での資料調査については断念せざるを得ず、次年度以降に持ち越すこととなった。
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今後の研究の推進方策 |
2022年度は前年の研究のさらなる展開を目的として、主に二つの検討を行う。 第一に、エコノミーとエコロジーの相互連関の科学的認識における熱力学の重要性を先駆的に論じた物理化学者フレデリック・ソディの経済思想・貨幣改革論について検討を行う。その際、ソディの経済・環境思想史上の意義を解明するとともに、ジェヴォンズやラスキン、ゲデスなどとの思想的・知的影響関係に注目することで、これらを化石経済・産業文明に対して重要な批判的分析を展開した一つの思想的系譜としてを描き出すことを目指す。 第二に、上記の思想系譜を19世紀的自由主義の衰退、帝国主義の進展、経済の金融化、あるいは20世紀初頭の種々の社会主義の展開といった同時代のイギリスの思想・歴史的状況における布置を明確化する。 なお上記の研究課題遂行のため、コロナウイルス感染症の状況をみつつ、国内外での資料調査を行う予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルスの感染拡大が収束せず、予定していたヨーロッパおよび国内での資料調査を断念せざるをえず、研究費支出の一部を次年度に繰り越すこととなった。
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