研究課題
2022年度より海外調査が可能になったことで、研究は大きく前進した。まず、イギリスでは大英図書館、ヴィクトリア&アルバート美術館、フィッツウィリアム美術館、ケンブリッジ大学図書館、ケンブリッジクライスツカレッジで写本の閲覧と関連調査を行った。電子化されていない写本を実見する貴重な機会となっただけではなく、電子化されてはいても実見することで新たな発見が多くあった。特にフィッツウィリアム美術館に所蔵されている『イザベル・スチュアートの時祷書』(MS.62)と『クロードの初等読本』(MS.159)については、高画質の画像と共に最新の調査結果が当該美術館のウェブサイトで公表されているが、新たな調査によって写本の制作過程を確認することが出来、従来関連付けられることのなかった写本間のつながりを明らかにするに至っている。また、いずれにもそれぞれの制作年代における政治状況と世継ぎの問題が異なる形で表現されており、子宝祈願表象の新たな側面を確認できたことで、本研究の要をなす『マルグリット・ドルレアンの時祷書』(フランス国立図書館ラテン語1156B番)、『ピエール2世の時祷書』(同、ラテン語1159番)『アンヌ・ド・ブルターニュの大時祷書』(同、ラテン語9474番)に不可解なまま残されていた図像プログラムの解明に繋がった。いっぽう、大英図書館では16世紀初頭に制作された時祷書を重点的に閲覧し、イタリアルネサンスの影響のもとで新たな子孫繁栄の表象が生成されていたことを確認している。フランスでは国立図書館で主に15世紀から16世紀初頭のブルターニュ公家とフランス王家の関係にかんする研究を進めるとともに、写本の調査も実施し、アンヌ・ド・ブルターニュのイニシャルと見なされてきた《A》が、実際には聖母マリア、あるいは聖母マリアへの祈祷文を重ね合わせたモノグラムであること等、非常に画期的な発見が相次いだ。
2: おおむね順調に進展している
重要な発見が相次いでいるが、それは先行研究の根本的な見直しを必要とするものでもあるため、各写本の調査研究に予想以上の時間がかかっている。特に様式や制作者を中心として進められてきた写本を改めてその注文主や制作背景から捉えることで、写本の制作年代の大幅な見直しを迫られる場合が予想以上に多い。また、本研究は①1431年頃②1450年~60年代③16世紀初頭という、ブルターニュ公家の存続において特に重要な三期に制作された時祷書を対象として子宝祈願と弔いが如何に表象されているかを問うものであるが、以上の調査対象となる写本が制作されたのは、フランスにおいて中世からルネサンスへの移行期にあたるだけではなく、ブルターニュ公国がフランス王国に徐々に組み込まれていく時期でもあるため、各時祷書を彩飾する図像・モチーフの多様性や変化の所以が個人にあるのか、地域の特殊性か、あるいは時代的な傾向なのかを把握するために調査研究対象を大きく広げる必要が出てきている。そのため、研究対象としている時祷書に間接的にかかわる写本を調査に加えている他、同時代の他の支持体をはじめ、日本文化、さらには先史時代から現代までの子宝祈願と弔い表象についての研究を断続的ながらも進めている。成果は自ずと膨大なものとなっているが、それらをまとめる時間が取れないままにあり、2022年度に予定していた日本語論文2本、英語論文1本の寄稿を見送らざるを得なくなった。ただ、かかる研究から新たに引き出された、境界、ジェンダー、時間、風土といった問題は、異なる時代、分野、文化を架橋するテーマでもあるため、異分野間、異文化間の研究者の交流の促進や、新たな美術史・歴史教育の実践に繋がるものともなっている。
研究成果の一部をスペインで開催される国際シンポジウムと、イギリスのリーズ大学で開催される国際中世学会のセッションで報告することが決定している。さまざまな国や地域の研究者たちとの交流・情報交換に努めるほか、当地の図書館に所蔵されている時祷書を実見する機会としても利用したい。また、フランスにおいて調査を続行する。アメリカの諸機関で所蔵されている時祷書については、インターネット上で公開されている画像を参照しながら調査を進めているが、写本全体を実見する必要のある場合が少なくないため、ブルターニュ公家に関する写本を多く所蔵するニューヨークのピアポント・モーガン図書館において、推定段階のままにある諸事項の確認作業をすすめる予定である。また、『イザベル・ド・ブルターニュの時祷書』(リスボン、カルースト・グルベンキアン美術館ms.LA237)については、2014年に鹿島美術財団の助成をうけて調査を実施したが、注文・継承過程の解明に大きな問題を残している。写本は未だ電子化されていないうえ、その図像プログラムは1431年頃に制作されたブルターニュ公家の時祷書を理解するために非常に有用であると思われるため、再調査を望んでいる。ただし、科研費では賄えないため、現在諸機関に助成金を申請中である。以上の成果は、2025年に『装飾のむこう~ブルターニュ公家の子宝祈願と弔いのかたち』として刊行する予定で進めている。また、当該研究成果を時代、分野、文化を超えた事業「願いのかたち」に繋げるため、現在準備を徐々に進めている。2025年に着手予定の次なる研究課題《時間的リズムと空間的リズム:時をめぐる物質と非物質》の足掛かりとしたい。
2023年度にスペインとイギリスでの研究発表が決定し、2022年度に予定していたニューヨークでの調査研究費を充てることにしたため。ニューヨーク出張費用については、現在諸財団に助成金申請中。
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Miguel Metelo de Seixas, Laurent Hablot, Matteo Ferrari (dir.), DEVISES, LETTRES, CHIFFRES ET COULEURS: UN CODE EMBLEMATIQUE, 1350-1550
巻: - ページ: 259-270
10.34619/0jpj-alvt
https://www.kansai-u.ac.jp/Tozaiken/publication/asset/report/report_97.pdf