本年度はスペイン、イギリス、フランスでの研究発表と並行して調査を進めることが出来たため、非常に多くの成果を得た。まず、女性の王(公)位継承問題を扱った国際シンポジウムに参加することで、子孫繁栄祈願の表象を「産む性」と「産ませる性」という観点からだけではなく、権力のありようや政治状況に照らし合わせながら「生まれる性」を考察することの意義を確認した。また、信仰と感覚をテーマとした国際セッションでの発表を準備する中で、「見る」ことと「祈る」ことという目的の違いに由来する図像プログラムの差異、そして様式や図像の構成要素が異なってはいても意味内容を介して繋がるネットワークの存在を知ることとなった。さらに「ダヴィデとゴリアテ」を主題とした国際シンポジウムでは、様々な対立構造に重ね合わされることの多い当該主題の意味や機能が、実際には動態であることを広範囲の時代・領域の具体例から学ぶことによって、聖と俗、写本と印刷本、キリスト教文化と古代ギリシャ・ローマ文化、ブルターニュ公国とフランス王国といった様々な対立軸の間を揺れ動きながら非常に複雑な構造を備えることとなった15世紀ブルターニュ公家をめぐる子孫繁栄祈願の表象を広い時空から考察する視座を得た。 以上の成果は、報告者が数年来挑み続けてきた「静態」としての祈念表象に託された「動態」としての祈念行為を浮き彫りにするための知識や方法を修得させるものともなり、ブルターニュ公家の公位継承問題にかかわる重要な時期に制作された時祷書だけではなく、他の写本やタピスリー、板絵といった婚約や結婚の際に注文されることの多かった作品の制作年代・背景の特定、もしくは先行研究の見直しに繋がっている。近年の不穏な世界情勢の中で研究を予定通り進めることは叶わなかったが、有益な成果を得ることが出来たのは、多くの方のご理解とご協力、ご支援のお陰である。改めて深く感謝したい。
|