研究課題/領域番号 |
21K00107
|
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
沖本 幸子 東京大学, 大学院総合文化研究科, 教授 (00508278)
|
研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2026-03-31
|
キーワード | 中世芸能 / 翁 / 乱拍子 / 猿楽 / 民俗芸能 |
研究実績の概要 |
コロナ禍でフィールドワーク、実演家との共同研究などは行えなかったが、民俗芸能、能・狂言研究を中心に資料収集を行い、文献研究を進めた。 その成果の一部は、「「翁」生成の磁場―方堅・乱拍子・摩多羅神」(『ZEAMI』5号、2021年6月、森話社)として発表した。能のルーツであり、謎も多い「翁」芸の起源をめぐって、近年あまり顧みられることがなくなっていた「方堅」(一種の地鎮儀礼)の重要性を再確認したこと、芸能神として抽象的に語られることが多い摩多羅神の「はやす」神としての役割を指摘し、摩多羅神と乱拍子芸との深い結びつきを解明した点は、翁研究、摩多羅神研究に新しい道筋をつけるものでもあった。 方堅も乱拍子も、そして、摩多羅神とのつながりも、猿楽の社会的な飛躍を支えるものだったわけだが、一方で、あきらかになったのは、文献資料に残された最古の「翁」である三人翁(翁・三番叟・父尉)の形式が整った時代に猿楽が飛躍的に発展したということであり、言い換えれば、三人翁以前の翁芸、猿楽の翁について考え直す必要が出てきたということもである。文献以前の芸能の姿を見極めていくためにも、各地に残る民俗芸能の翁や猿楽芸との丁寧な比較研究、文献に残されていない、いわば身体に刻まれた歴史から猿楽の古層を見極めていくことの重要性が浮き彫りになってきた。 そこで、各地の民俗芸能に改めて目を向け、翁、三番叟、父尉の問題を再考するとともに、翁同様古層の芸能と考えられる乱拍子の行方を掘り返す作業を行っている。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
コロナ禍でフィールドワークを行えなかったり、実演家との共同研究に困難を生じる事態となったことや、半導体不足で機材の購入がかなわなくなったりと、予定通りとはいかなかったことも少なくないが、所属機関がほとんど所蔵していない民俗芸能に関する資料の収集を精力的に行い、精緻な文献研究を中心に据えることで、研究自体は順調に進んできた。 特に、翁の成立をめぐっては、鎌倉時代後期に、三人翁の成立や方堅などの力によって、それまで呪師の下に位置づけられていた猿楽が飛躍的に進展し、社会的な認知を得られたことが確認され、研究の中心を、記録以前、三人翁成立以前の猿楽の解明に絞ることができた点は大きな成果といえる。 また、文献研究を中心に据えたことで、当初の予定では、能と民俗芸能の芸態の比較研究を軸に据える予定だったが、そればかりではなく、それぞれの芸能を支える説話伝承の比較研究からも、翁の成立、猿楽の起源をめぐる諸問題に切り込む道筋が見つかる可能性に気づけた点は予想以上の大きな成果だった。 そこで、現在は、文献研究、各種資料収集を進め、中世を起源とする民俗芸能の翁以外の芸能にも目を向け、各地の民俗伝承のルーツをたどりながら、猿楽の古層と能の成立をめぐって、フィールドワークの準備を行っている状態である。
|
今後の研究の推進方策 |
引き続き、所属機関や東京都内で手に入りにくい、各地の民俗芸能や民俗研究の資料収集を行う予定である。同時に、文献研究の充実に軸を置きつつ、芸態研究の必要からも映像資料の収集・分析にも力を注ぐ所存である。 基本的には、コロナ禍が落ち着き次第、フィールドワークを再始動させるつもりでいるので、撮影用の機材などをそろえ、フィールドワークと文献・映像研究を行き来しながら、研究の進展を目指す所存である。 特に、これまで集中的に研究できていない、東北地方の山伏神楽・番楽・能舞と、広島県の比婆荒神神楽の研究を中心的に行う必要が出てきており、当面は、そのための資料収集を行い、フィールドワークの準備をしていきたい。 また、芸態だけでなく、芸能を支える説話伝承の世界、古層の伝承世界に切り込んでいく必要が出てきたため、民俗芸能の行われている地域だけでなく、各地の説話伝承の土地へのフィールドワークや資料収集も併せて行っていく所存である。 文献資料のない時代へ切り込んでいく困難さもあると思うが、文学、歴史学、民俗学などあらゆる知見を総動員しながら、史料以前に向き合う方法論そのものを模索していきたい。
|
次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍の半導体不足から、当初購入予定であったビデオカメラが注文休止状態に陥ったため、ビデオカメラの購入を次年度に見送ったことが理由である。半導体不足が解決し、生産見込みが立ち次第、購入予定である。
|