研究課題/領域番号 |
21K00115
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研究機関 | 獨協大学 |
研究代表者 |
常石 史子 獨協大学, 外国語学部, 准教授 (30332141)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | デジタルアーカイブ / デジタル・シフト / 映画保存 / 映画復元 / 社会実践 / ホームムービー |
研究実績の概要 |
初年度は映画の保存および復元につき、また映画およびその隣接諸分野におけるデジタル・シフトにつき、ヨーロッパおよび日本における過去20年ほどの間の研究成果を網羅的に調査し、概観する作業を行った。これと並行して、研究代表者が自ら携わった具体的な事例を国際的な議論の枠組の中に配置し直し、体系的な研究として再構成する作業を行い、その中で3篇の学術論文を発表した。このうち、1924年のオーストリア映画『ユダヤ人のいない街』復元プロジェクトに関しては、国際フィルムアーカイブ連盟の機関誌に事例報告の論考を英語で発表したのち、映画復元という行為が過去の資料を現在・未来の観客へと手渡す作業であることに着目して、「社会実践としての映画復元」という視点から日本語で論じ直す論文を紀要論文として発表した。オーストリアにおけるホームムービーのデジタルアーカイブ化のプロジェクトに関しては、すでにさまざまな機会に事例報告を行ってきたところであるが、新たに日本写真学会の求めに応じて今年度行った講演とその内容をもとにした論文においては、具体的な事例を糸口としながらも、フィルムアーカイブにおけるホームムービーの位置付けの歴史的変遷や、フィルムをデジタルアーカイブ化する際に不可視化される種々の要素について体系的な考察を深めることで、事例研究をより一般性のある議論へと発展させた。アーカイブに携わる当事者の観点を活かしながらも、研究者としての俯瞰的な視点から事例を体系化してゆくという本研究課題の基本的な方針に沿った成果を、一定程度上げることができたと考える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度はコロナ禍に起因する渡航制限により、当初計画していたヨーロッパのアーカイブへの出張を行うことができず、原資料としてのフィルムや文献資料の調査・分析は翌年度以降に持ち越さざるを得なかった。とはいえ、論文として完成させるところにまで至っていない事例研究が大量に蓄積している本研究の特性からは、その点はさほど大きな障害とはならなかった。これまでに自ら携わった事例に関わる画像・映像資料や、すでに収集していた文献資料や映像資料を整理し、分析する作業を進めるとともに、インターネットを介してアクセス可能なデジタルアーカイブ等を主な調査対象として、多少の計画変更はあったものの、順調に研究を進めることができた。 研究者をはじめとする資料の利用者が、その所在地であるアーカイブに直接赴き、現物資料を手に取る等の古典的な手段による調査は、明らかに回避される傾向にあり、デジタルアーカイブがその代替手段としてあらゆる分野で脚光を浴びている。コロナ禍はこの傾向をさらに急激に加速させたが、本研究は、自らもデジタルアーカイブの恩恵に浴しながら、こうしたデジタル・シフトそのものを分析する内容でもあるため、当初想定していた以上にダイナミックでアクチュアルなものに変容・発展している。
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今後の研究の推進方策 |
次年度は、コロナ禍による渡航制限の解除状況次第ではあるが、可能であればヨーロッパのアーカイブに赴き、当初計画していた通り、本研究にとって最も重要な基礎文献となるドイツ語の逐次刊行物Kinotechnik (1919-1943) 誌のデジタル化およびOCR作業を行いたい。映画のデジタル・シフトそのものの分析に加えて、デジタル・シフトを通じて逆説的に明らかになった映画というメディアの本質的な特性について考察することが本研究のもうひとつの柱であり、そのためには映画史の草創期に次々に創出された、基礎的かつ本質的な技術や表現技法の数々(色彩、音、編集、字幕、現像、複製など)についての検討が欠かせないからである。Kinotechnikはその意味で本研究の文献学的な骨子であり、デジタル化によって可能になる検索等を活用して、これまで多くの事例に立ち会う中で生じていた数々の論点を整理し、主として1920年代における映画というメディアの、現在のそれとは大きくかけ離れた豊かなありようを明らかにしたい。このテーマについては日本映像学会での口頭発表を予定しており、その内容を元にした論文の発表も計画している。 初年度に引き続き、アーカイブのデジタル・シフト(デジタルアーカイブ化)がはらむさまざまな問題については引き続き考察を深めてゆきたいと考えており、このテーマでも学会発表、論文執筆を行う計画である。また本研究、ひいてはそれを元にした博士論文の骨子となるべき論文として、「アーカイブの対象とは何か」、すなわち「何が保存されるべきなのか」を、物質、色彩、粒状性、データなどの各審級から理論的に検討する論文も発表を予定している。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍に起因する渡航制限のために、当初予定していた海外出張に本年度は行くことができなかった。そのため、旅費相当額を次年度使用額として繰り越すこととなった。2022年度は海外での調査を予定していることに加え、これまで軒並みオンライン開催となっていた国内学会や研究会等も対面で実施されるところが増える様子であるので、旅費の支出が増加することが見込まれる。研究が進捗するにつれ、必要な文献や映像資料も増加傾向にあるので、次年度使用分も併せて有益に使用する予定である。
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