研究課題/領域番号 |
21K00115
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研究機関 | 獨協大学 |
研究代表者 |
常石 史子 獨協大学, 外国語学部, 准教授 (30332141)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | フィルムアーカイブ / デジタルシフト / 映画保存 / 無声映画 / 映画技術史 / デジタルアーカイブ / ディスク式トーキー / 映画復元 |
研究実績の概要 |
2023年度は、1903年から1910年代初頭にかけてドイツ語圏で隆盛を誇った、トーンビルダー Tonbilder(音=画)と呼ばれるディスク式トーキー(SPレコードとフィルムを同期させる音付きの映画)に関する研究を集中的に行った。この分野については、デジタル復元の技術が普及し、音声と映像との同期をデジタル的に実現することが可能になったことで、近年とりわけ研究が活発になっている。この主題について、2023年6月に日本映像学会において研究発表を行なったのち、翌年2月刊行の同学会誌において査読論文を出版した。出版に際しては、日本では紹介されていない主としてドイツ語圏の最新の学術的成果を多数引用している。 また、アムステルダム大学出版より刊行された Exploring Past Images in a Digital Age: Reinventing the Archive においては、1章"Preservation and Resignation: A Study on Survival"(保存か断念か-映画が生き残ることについての一考察)を分担執筆した。2018年にイスタンブールのセヒール大学で行われた国際シンポジウム Forgetting the Archive: Exploring Past Images in the Digital Age での発表内容を大幅に発展させたもので、映画における「保存」の概念の拡張の必要性について論じている。 さらに、2022年に開催された公開講座「オーストリア皇妃エリザベート-歴史・映画・演劇の中の虚像と実像」における口頭発表を元にした紀要論文「映画によって作られた皇妃のイメージ 」も、各種のデジタルアーカイブを活用し、1920年代と1950年代における皇妃の表象を、政治的および映画技術史的転換と関連させて論じた研究成果である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、映画というメディアにおけるフィルムからデジタルへのシフトの検証を通じて、映画というメディアの本質的な特性を逆説的に明らかにすることを目指すものである。論文として完成させるところにまで至っていない、映画というメディアに関する事例研究が大量に蓄積しているところから出発しており、その核となる部分に、最新の研究動向を踏まえたより理論的な分析を加え、学術的検証に耐える研究成果として発表することを目的としている。そうした意味で、2022年度の「ポジ編集からネガ編集へ―1920年代ドイツ語圏におけるポストプロダクションの変容」に続いて、2023年度もさらに一本を査読論文として公表できたことは大きな進捗であったと考えている。 研究手法については、コロナ禍に起因する渡航制限で、研究の初段階に予定していたヨーロッパのアーカイブにおける現地調査を実行に移すことができなくなったが、その結果、研究対象の比重をオンラインでの調査が可能なものへ大きく移すことになった。インターネットを介してアクセス可能なデジタルアーカイブ等をユーザーとして活用しながら、デジタルアーカイブそのものをも調査の対象とすることになったが、これは大きな社会状況の変化を反映した研究手法の変化である。それはまた、映画というメディアにおけるデジタルシフトという、本研究の主題とも直結する。このことを受けて、本年度はとりわけfilmportal.deという、ドイツの映画保存に関わる諸機関が共同で運営するデジタルアーカイブを中心的な調査対象とし、その経緯や運営母体、登録されている情報のソースなどについて独自の調査を行う一方、登録された資料を活用した研究成果発表を行なった。 当年度は現地調査を割愛したが、映画に関連するデジタルアーカイブの調査とそれらを活用した研究成果の発表に注力し、大きな進捗を得られた。
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今後の研究の推進方策 |
本研究はコロナ禍に起因する渡航制限により、現物資料アーカイブからデジタルアーカイブへと主たる調査対象を移すなど、研究計画の大幅な見直しを余儀なくされたため、1年間の研究期間延長を行なった。 最終年度となる2024年には、比較的長期間の海外調査(ドイツ、オーストリア)を行う予定である。その目的は第一に、これまでメールや遠隔会議システム上で頻繁に実施してきた、海外の現物資料アーカイブの研究者や実務担当者等からの聞き取りにおいて、不十分なまま残されていた部分を、現物資料に即して現地で自ら調査する機会を得るためである。第二に、デジタルアーカイブを活用したこれまでの調査でも入手がかなわなかった現物資料の調査を、集中的に実施するためである。 成果の発表については、これまで2年連続して日本映像学会において、研究発表およびその内容をもとにした査読論文の出版を実現してきた。2024年度も6月に開催される大会において「無声映画の色彩-その保存と再現」と題した研究発表を行うことが決定している。無声映画の色彩が映画保存活動の中でどのように扱われてきたか、その歴史的な経緯を辿り、その保存と再現について考察することで、無声映画というメディアがもっていた独自性を浮き彫りにすることを目的としている。当年度も、ここでの発表内容をもとに、最新の研究動向を踏まえた検証を十分に行なった上で、査読論文として出版することを具体的な目標とする。 このほか、「フィルムの保存とデジタルへの移行」と題した1章を本年度、法政大学出版より刊行予定の書籍『映像アーカイブ・スタディーズ』に発表予定であり、これまで何が保存されてきたのか、保存するとは何をすることであるのかといった問題を扱う。 これまでの3年間で発表してきた研究成果に、これら本年度扱う新たな内容を加え、全体を博士論文としてまとめて最終的な成果物とすることに尽力したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究は当初からコロナ禍に起因する渡航制限で、研究の初段階に予定していたヨーロッパのアーカイブにおける現地調査を実行に移すことができなくなり、その結果、研究対象の比重を現物資料アーカイブから、オンラインでの調査が可能なデジタルアーカイブへと大きく移すことになった。昨今の極度の円安と欧州における物価の高騰にも鑑み、本年度は現地調査を割愛し、ドイツの映画保存に関わる諸機関が共同で運営するデジタルアーカイブ(filmportal.de)を中心にオンラインベースでの調査を行なった。その結果、次年度使用額が生じている。 1年の期間延長を得て、最終年度となる2024年度には、比較的長期間の海外調査(ドイツ、オーストリア)の実施を予定している。本研究の研究期間中で最初にして唯一の海外調査となる見込みであるため、これまでオンラインベースで行なってきた調査の過程で生じている多数の疑問点、不明点等を網羅的に解消することを目指すとともに、現地の資料館などに赴かなければ閲覧が不可能な現物資料の調査も集中的に実施して、研究の最終成果物を仕上げる上での万全を期す。
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