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2023 年度 実施状況報告書

ヴィクトリア朝の芸術教育――技術・教養・産業の関係

研究課題

研究課題/領域番号 21K00133
研究機関慶應義塾大学

研究代表者

横山 千晶  慶應義塾大学, 法学部(日吉), 教授 (60220571)

研究期間 (年度) 2021-04-01 – 2025-03-31
キーワードモリス商会 / 実業学校法 / slop-shop / sweated labour / unfortunate / Anti-Slop-Shop League
研究実績の概要

本年度は、主に二つの調査を進めた。まず、去年まで取り組んでいた児童の貧困対策としての実業学校法の改正についてさらに深く調査を行った。1857年の実業学校法は、1861年に改正されたが、その中での議論をハンサード(議事録)を今回も調査することで、より詳しく調べるほか、1844年度制定の児童を対象とした徒弟制に関する法律と1847年の全般的連合勅令の公布により、徒弟制度がより明確に規定されていった背景をも調査した。これらの法律の制定により、モリス商会が若年層の少年たちを徒弟として実業学校から雇い入れることが容易となり、商会の徒弟制度を経た職人たちが、のちに英国の手工芸を支える存在となった様子をより明確に証明した。
もう一つの調査は、女性たちの手仕事と貧困の関係である。19世紀にドレス、制服、シャツ、帽子、靴の製作は、そのほとんどを女性や年端の行かない子供たちの手仕事が支えていた。このような既製服を売る店は一般にslop-shopと呼ばれたが、苦汁労働の末に身を持ち崩してしまう「堕ちた女」を生む「社会悪」として批判されることになる。やがて、搾取の末に身を持ち崩す女性たちは、「不運な者」として語られるようになるが、この言葉は、堕落の原因は女性たちにあるのではなく、低賃金と劣悪な労働環境こそが問題であるとの視点に基づいていた。このような社会悪の改善のための組織として19世紀半ばに結成されたのがThe Committee of Reformatory and Refuge Unionである。この組織を土台として結成された「廉価既製服商反対同盟」は、新たなslop-shopを運営することで、安価で高品質の商品を保証する人道的な労働の在り方を模索した。
ヴィクトリア朝の衣料製作の実態と改善の調査は、21世紀の衣服製造の搾取の根源につながる重要なテーマとして、来年度も続けていく予定である。

現在までの達成度 (区分)
現在までの達成度 (区分)

2: おおむね順調に進展している

理由

本年度は、昨年度の調査に基づいてさらに調査を進めた成果を、9月16日にACDHT 2023 (Asian Conference of Design History and Theory)の国際会議と9月30日開催のデザイン関連学会で発表した。また、19世紀の児童貧困問題と法律、およびデザイン・インダストリーの関係は、2024年2月7日にマンチェスター・メトロポリタン大学で開催されたNineteenth-Century Art, Community and Educationの学会に招待されて発表する機会を与えられ、ほかの発表者との意見交換ができたのみならず、学会のスタッフと発表者の協力を得てマンチェスターにて関係資料を調査することができた。これらの成果は今までの調査と共に整理して、年度末に論文にまとめることができた。
昨年度から準備してきた国際会議、“Building the Future: John Ruskin and the New Role for Design in Japan”は、世界中のジョン・ラスキン研究者たちがかかわる教育慈善団体、聖ジョージ・ギルドのイギリス本部との共催で10月7日に行い、日本におけるジョン・ラスキン研究の動向、および日本のソーシャル・デザインの実例とそこに見られるラスキンとモリスの影響を紹介することができた。その後、この国際会議で交わされた議論を踏まえた調査の成果を、11月25日に「社会福祉とアート研究会」にて発表した。
またヴィクトリア朝における女性の苦汁労働とその改善運動については12月16日に開催された第8回ウィリアム・モリス研究会にて発表した。その内容は、今後論文にして発表する予定である。

今後の研究の推進方策

2024年度は今回の研究テーマの最終年として、昨年度より取り組んでいる手仕事と福祉の実践と、ジョン・ラスキンやウィリアム・モリスを中心とした芸術教育と手工芸活動がその実践にどう関係しているのかを引き続き調査する。
また労働者大学と実業学校以降のラスキンとモリスの教育実践の動向と影響を調査し、19世紀とそれ以後の芸術教育に与えた影響を調査するのみならず、現在の聖ジョージ・ギルドにつながる教育活動や福祉実践の中にその影響を跡付けていく予定である。具体的には、ギルドが始めたBig Drawという描画キャンペーン、および精神的なトラウマを抱える退役軍人や自死で家族を失った人々を芸術を通じて支えていく試み、および刑務所に収容されている人々を手工芸を使って自律と自立へと導いていくエンパワメントの実践などである。
また、日本での動向も2024年の研究の視座に入れていく。2024年度秋に一般市民に向けて開所される大阪ラスキン・モリスセンター所蔵の資料の研究を進めながら、大阪大学美学研究室主催で2024年9月20日から10月20日にかけて開催される「今に生きるラスキン」の展覧会、およびその一環として行われる国際シンポジウムの運営メンバーとして、現代におけるラスキンとモリスの意義を、次世代に向かって訴えていく予定である。

次年度使用額が生じた理由

2023年10月7日に開催された聖ジョージ・ギルドとの共催の国際学会が、参加国が増えたため、その準備段階も含め、すべてオンラインでの会議となり、予定していた海外出張がなくなったために計画していた予算を使用しなかった。なお、2023年度の予算の残額は、2024年度の海外調査に使用する。

  • 研究成果

    (6件)

すべて 2024 2023

すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件) 学会発表 (5件) (うち国際学会 2件、 招待講演 1件)

  • [雑誌論文] 教育・法律・チャリティ ―ソーシャル・ネットワークの中のモリス商会2024

    • 著者名/発表者名
      横山千晶
    • 雑誌名

      a+a 美学研究

      巻: 15 ページ: 28-45

    • 査読あり
  • [学会発表] Morris & Co. and the Industrial Schools Act : the Employment of the Boys of the Industrial School at 44 Euston Road2024

    • 著者名/発表者名
      Chiaki Yokoyama
    • 学会等名
      Nineteenth-Century Art, Community and Education
    • 国際学会 / 招待講演
  • [学会発表] Design Industry and Social Movements: from Exploitation to Education2023

    • 著者名/発表者名
      Chiaki Yokoyama
    • 学会等名
      ACDHT 2023 (Asian Conference of Design History and Theory)
    • 国際学会
  • [学会発表] 教育・法律・チャリティ ― ヴィクトリア朝の工芸デザインとソーシャル・ネットワーク2023

    • 著者名/発表者名
      横山千晶
    • 学会等名
      デザイン関連学会シンポジウム「ソーシャルデザイン 過去・現在・未来」
  • [学会発表] There is no wealth but life ー ラスキンとモリスに見る「命」の意味2023

    • 著者名/発表者名
      横山千晶
    • 学会等名
      社会福祉とアート研究会
  • [学会発表] “Another Unfortunate” 19世紀のファストファッション事情と搾取反対運動2023

    • 著者名/発表者名
      横山千晶
    • 学会等名
      第8回ウィリアム・モリス研究会

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公開日: 2024-12-25  

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