研究課題/領域番号 |
21K00139
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研究機関 | 立命館大学 |
研究代表者 |
仲間 裕子 立命館大学, 衣笠総合研究機構, プロジェクト研究員 (70268150)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 崇高とメランコリー / ドイツ・ロマン主義の風景画 / 体験的崇高 / メランコリーと「生と死」 |
研究実績の概要 |
風景表現がメランコリーの思想に傾倒したのは、カント美学の影響を受けた18 世紀後半から 19 世紀前半の「崇高の時代」である。カントは『美と崇高の感情に関する観察』(1764)において、「崇高のあらゆる感動はそれ自体、美のまばゆい魅力よりも、より多くの魅惑的なものを持っている」として、「崇高」の 「美」に対する優越性を説いた。なかでも憂鬱質の人が「とりわけ崇高に対する感情を持ち」、 また「憂愁という高貴な感覚」に近づくとして、「メランコリー」を「崇高」と関連させたのである。このカントの崇高論の浸透によって、18 世紀後半には「メランコリー」の表現は風景画の基本となり、ドイツ・ロマン主義美術の時代に至っては、画家だけでなく、鑑賞者も「崇高-メランコリー」の感情を作品に求めた。 カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ作《海辺の修道士》の修道士の頬に片手を添えたいわゆる「メランコリー」のポーズは、「崇高-メランコリー」の美学に呼応している。この海景画は、初段階では「恐怖的崇高」の難破船が描かれた嵐の風景であると解釈されてきた。しかし、2013年から3年かけた修復と赤外線の調査によって、下絵に描かれた3隻の帆船はすべて穏やかの海を航行していることが判明した。なぜフリードリヒはそれをすべて塗りつぶし、嵐の海に変えたのだろうか。 今年度の研究ではドイツ・ロマン主義の風景画の特徴について資料調査を行ったが、当時の形式的な崇高ではなく、感覚を研ぎ澄ました身体的な崇高の体験を追求する画家像が明確になった。従来のセンチメンタリズム的なメランコリーではなく、近代のメランコリーの特徴として「体験的」崇高についても範疇に入れ、またメランコリーと「生と死」の関連についても今後考察を深めていきたい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度は、ハーバード大学ライシャワー日本研究所に客員研究員として1年間研究滞在し、大学付属のファインアート図書館、イェンチェン図書館において資料調査を行った。研究課題の「風景と近代的メランコリーの美学」はドイツ・ロマン主義を対象にしているが、比較美術研究として日本や中国の風景表象についても多角的に調査を行った。ドイツ・ロマン主義美術に関しては主に風景と人間に焦点を置き、メランコリーという気質がどのように風景の観照に作用しているのかを重視した。この時代はカントの崇高論に影響を受け、「崇高とメランコリー」の観点が風景画の根底にあるが、現世と彼岸、あるいは永遠世界への憧憬がとりわけカスパー・ダーヴィト・フリードリヒの作品において重要であることを確認した。つまりメランコリーの精神分析学・医学(たとえばフロイトの「喪とメランコリー」)あるいは従来の文化論や社会論(ベンヤミンやレぺニース他)とは異なる風景観照を巡る新しいメランコリー研究が可能であると思われる。とくにフリードリヒの《四季の循環》が四季とともに人生の段階を描写し、春の幼少時代からメランコリーと死が結びつく冬の死に至るまで、自然の風景が人生に関わっている。《海辺の修道士》では超越者に辿り着けない人間存在の苦悩が顕示され、そこにメランコリーの近代観があらわれている。ハーバード大学では、雪舟の四季山水図をドイツ・ロマン主義の生と死の寓意性の観点から講演した。また国立西洋美術館(上野)で開催された「自然と人のダイアローグ」展のオンライン講演では「ドイツ・ロマン主義の風景画と自然」について話し、課題研究の成果を反映させた。
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今後の研究の推進方策 |
来年度は5月にハーバード大学の調査を終え、10月に渡独し、ドイツ・ロマン主義の風景画を引き続き調査する予定である。主にベルリン旧国立美術館、ミュンヘン中央美術史研究所、ドレスデン国立美術館、ドレスデン城内芸術図書館を中心に資料調査と収集を行う。ベルリン旧国立美術館では、2013年から3年間にわたってフリードリヒ作《海辺の修道士》の修復作業に携わり、風景のモチーフや全体像の新しい発見を発表したクリスティーナ・メーゼル氏を訪ね、修復の詳細を確認する。この作品の分析を通してメランコリーの考察を深める。また、ミュンヘン中央美術史研究所では、ドイツ・ロマン主義の「四季の循環」における四季と人生の諸段階の関連について講演する予定である。ドレスデン国立美術館が2024年に開催するフリードリヒ生誕250年を記念する展覧会のカタログに寄稿することになり、当美術館のチーフ・キュレーターのペトラ・クールマン=ホディッケ氏と意見交換を行う。ここにおいても研究の成果を反映したい。
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