研究課題/領域番号 |
21K00166
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研究機関 | 東京藝術大学 |
研究代表者 |
越川 倫明 東京藝術大学, 美術学部, 教授 (60178259)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 西洋美術史 / イタリア・ルネサンス美術 / ヴェネツィア絵画 / ヴェネツィア素描 / キリスト教図像 |
研究実績の概要 |
令和5年度においては、ティントレットによるヴェネツィアのサン・ロッコ同信会館上階大広間の装飾プログラムについての検討を継続し、特に、連作絵画の制作時期に大きな社会的不安をもたらした疫病の流行との関連を、同時代の史料に基づいて時系列で整理し、連作の主題選択と社会状況との符合について精査した。この考察の結果は、年度末に紀要論文として公刊した。関連して、当初予定していた北方マニエリスム版画との関連についても検討を重ねたが、公刊論文とするに足るだけの結論は得られず、継続課題とした。 同じく、サン・ロッコ同信会館の地上階広間に描かれた「聖母マリア伝」に関する考察を開始し、近年の研究成果を詳しくチェックした。連作のいくつかの作品につき、新たにデューラーの版画連作から着想の発端を得ている可能性に思いいたり、ティントレットが独自の絵画構想を練り上げていくプロセスについて考察を進めた。宗教図像の正統性と地域的アイデンティティの表現に関わるこの問題については、令和6年度のうちに公刊論文として発表したいと考えている。 関連する素描作品の検討については、ティントレット後期の素描群全体に関する再検討を、先行研究を批判的に参照しつつ実施した。この成果は来年度以降にまとめて公刊する予定であるが、当面の副産物として、過去にティントレット作品とされてきた個人コレクション所蔵の2点の作品を、帰属を修正して同時代の画家パルマ・ジョーヴァネの作とする短い論考を英文で公刊した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究計画の実施事項のひとつ、すなわちサン・ロッコ同信会館の絵画連作のプログラムおよび着想源の問題については、令和5年度に刊行した上階大広間に関する上記の紀要論文でひとつの成果をだすことができた(所属大学のリポジトリで公開)。また、地上階広間の連作の問題についても検討を進めており、令和6年度中に論文として公刊する目途をたてることができた。 もうひとつの実施事項である関連素描の整理と検討については、すでに4年度に一定の成果を発表しているが、令和5年度中に調査範囲をさらに大幅に拡大し、現在、ティントレット後期の素描の全体像を論じるより規模の大きい論考の準備を進めている。ただし、扱う情報量の多さから、この成果の公刊は来年度以降になる予定である。
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今後の研究の推進方策 |
令和6年度は研究計画の最終年度にあたるので、まず、令和5年度に準備を進めた地上階広間の「聖母マリア伝」に関する論考を最終的に公刊したい。この論文の考察を通じて、画家ティントレットが標準的なキリスト教図像を出発点としながら、異なった、主にヴェネツィア社会特有の視覚表現のイディオムを援用しつつ、独自の作品を考案していくプロセスを明らかにすることを試みる。 また、関連素描の検討をより拡大して対象を広げ、ティントレット後期素描の包括的再検討として作業を進める予定である。すでに令和5年度に整理を始めているが、令和6年度中に執筆を継続する(ただし同年度中に公刊まで実現することは難しいと予想しており、令和7年度の公刊を目指したい)。 当初からの課題である16世紀後期における予型論図像の問題については、興味深い比較材料としてすでにいくつかの版画作品を特定しているが、関連する先行研究の情報の乏しさから、現在も継続課題としている。
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次年度使用額が生じた理由 |
COVID19等の影響により、旅費・人件費の支出はなく、その分を少額備品および資料費にあてたため、若干の未使用額(10万円弱)が生じた。この金額は、令和6年度の旅費あるいは物品費に繰り入れて支出することとする。令和6年度においては、旅費、謝金、消耗品(その他に該当)についてはおおよそ予定通りに支出する予定であるが、海外渡航費高騰の状況などから、旅費支出の計画を変更して物品購入に振り替える可能性も考えられる。
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