研究実績の概要 |
本研究は、ベルギーの象徴主義の画家フェルナン・クノップフ(1858-1921)の絵画作品を対象に、象徴主義絵画がイメージと意味の伝統的な対応システムをいかに利用・解体し、20世紀の美術の重要な淵源となったかを、検証することを目的としていた。 クノップフの作品には、先行研究によって様々な文学作品との関係や、視覚的ソースが指摘され、隠された意味の探求が試みられてきた。しかしその多くは、決定的な意味の解明に至っていない。様々な文学作品と関係することは、作者自身がそのタイトルで明らかにするなどしているが、多くの場合、それはもとの詩や小説の内容を挿絵的にあらわしてはいない。それらはインスピーレーションのもとである可能性はあるが、むしろそれらとのある種のコラボレーションを示唆していると考えられる。同様に、クノップフの作品には、これまで多くの視覚的ソースが指摘されているが、それらについてもその対象そのものを描くというよりは、それらとの関係性を示すことで、モティーフ間の類似や多義性をアピールし、暗示性を高めていることが確認できた。 本研究では代表作《私は私自身に扉の鍵を掛ける》をはじめとして,何点かの作品について検討したが、特に最終年度には,それらの結果を踏まえ、油彩画《青い翼》とそのヴァリアントである素描《白、黒、金》を対象に研究成果を論文としてをまとめた。この二作品は極端に縦長の構図に、立っている女性を描き、その手前、画面の中程に翼のある頭部の彫像を描いており、その設定や寸法はほとんど同じだが、彫像の顔が換えられている。クノップフの他の作品との比較などを通じて、この変更は、前景の彫像の顔と背景の女性の顔を似せることで、両者の間にコレスポンダンスを作り出し、彫像と女性の関係を、偶像と巫女という関係から、偶像とそれが存在を示唆する対象との関係に移行させていることが明らかになった。
|