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戦時日本の「映画国策」にはナチスの映画統制を想起させるものが多い。また、真珠湾攻撃以降、アメリカ映画の輸入が途絶え、ドイツ映画(=ナチ映画)は日本で見られた数少ない洋画の中心であった。ところが、ナチ映画が同時代の日本でどのように受容され、また、日本映画にどのような影響を与えたか、という問題については、ナチスとのかかわりを語ることが戦後においてタブーだったこともあり、これまで十分には論じられてこなかった。本研究は、ナチ映画の同時代の受容の他国との比較、および、占領地・満洲での映画政策におけるドイツ映画の位置づけ、といった観点から、日独映画交流史におけるこうした空隙の一部を埋めようとした。
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