研究課題/領域番号 |
21K00228
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研究機関 | 福井大学 |
研究代表者 |
今井 祐子 福井大学, 学術研究院教育・人文社会系部門(総合グローバル), 准教授 (00377467)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 美術史 / 陶磁史 / セーヴル磁器 / 芸術産業 |
研究実績の概要 |
令和4年度は、Web上で公開されている美術館所蔵品データ等を基に、19世紀から20世紀初頭にかけて作られたセーヴルの新硬質磁器において、盛絵具と他の装飾法がどのように併用されていたかについての実態把握に努めた。その結果、盛絵具を用いて主文様を描いた作品はフランスのカンペール美術館以外では数多く所蔵されていないようだが、この種の作品には珍しくとても美しい作品があることがわかった。それらの優品で用いられた盛絵具と他の装飾法との併用法は、以下の類型に分類できそうである。 1)透明性の色釉を背景に塗って海水を表し、その上に透明性の盛絵具を多用して海藻や水中動物を描き、器面全体に絵画的な自然主義装飾を展開する作品。ジャポニスムの要素が強く、概観はパート・ド・ヴェール(飾り焼結ガラス)に似ている;2)透明性の淡い色釉を背景に塗り、その上に不透明性の盛絵具を多用して流動的な植物文様を器面全体に描いた作品。典型的なアール・ヌーヴォーの作品で、民窯の作品との親和性が感じられる当時のフランス趣味を体現した作品;3)器面に無色の透明釉を掛け、その上に不透明性と透明性の盛絵具を用いて優美な植物文様を器面全体に描いた作品。白磁の白と盛絵具の鮮明色とのコントラストや、絵付けの繊細さが目を引くアール・ヌーヴォー作品;4)器面に貼付したレリーフ状の植物文様の上に透明性の盛絵具を塗り、葡萄やミモザ等をリアルに表現したトロンプ・ルイユ的作品;5)白磁の上に低火度絵具と金彩で連続模様を描き、主文様として不透明性で発色の強い盛絵具を塗り重ね、飴細工のような照りの強い花模様を加えた作品。 上記類型ではいずれも装飾文様に動植物を用いている。2)、3)には文様を刻線・金線などで縁取った装飾、釉下彩と思われる装飾、不透明な盛絵具か色泥なのかの判断がつかない装飾があり、表現にかなり幅があるのでさらに細分化できそうである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
予定していた文献については概ね調査できた。しかし、セーヴルの新硬質磁器の盛絵具装飾への周囲の反響や、それがフランス窯業界へもたらした影響を知るための情報はまだ得られていない。これまでの調査では、1892~1902年にセーヴル製作所で活躍した花の絵付職人アンドレ=フェルナン・テマールが、軟質磁器に施した有線七宝装飾(透明性の色釉が多用されている)が極めて高く評価され、1900年パリ万博で大成功を収めたことがわかっている。新硬質磁器の盛絵具装飾はこのテマールの装飾ほどには注目されなかったのかどうかを探るべく、引き続き文献を調査したい。これまでに調査した文献は、以下の通り。 セーヴル製作所長ブロンニャールの著書『陶芸概論』(第3版、1877年)、セーヴル製作所の化学者サルヴェタ、ヴォグトの論文と著作、『フランス産業振興協会会報』所収の論考、フランス装飾芸術中央連合機関誌『装飾芸術評論』所収の論考、美術雑誌『ガゼット・デ・ボザール』所収の論考など。 また、文献から得られた情報を踏まえて作品を観察する作業が残されている。予算の関係から令和4年度中に予定していた海外調査は中止したが、令和5年度には海外調査を実施し、セーヴルの新硬質磁器(約100点)が常設展示されているフランスのカンペール美術館で作品を観察して知見を広め、考察を深めたい。作品観察をして初めてわかることもあるため、この作品調査を終えてから、カンペール美術館所蔵品を中心にした盛絵具装飾に関する論文を完成させる予定である。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の研究対象である新硬質磁器の盛絵具装飾は、18世紀の軟質磁器に上絵具で描かれたタブロー(額画)を再現するような装飾とは異なる特徴を持っている。これまでの研究では、19世紀末から20世紀初頭にかけてセーヴルの新硬質磁器に施された盛絵具装飾には以下のような様式的特徴があることがわかった。 表現形式に注目すると、作品の多くは装飾壺・装飾瓶で、動植物の文様と流動的でリズミカルな曲線を巧みに用いて、器形に即してデザインされた極めて工芸的・陶芸的な装飾である。この傾向は当時のフランス工芸全般に見られるため、盛絵具装飾は当世趣味の表現の一つと言える。器と装飾の主従関係については、器と装飾がうまく調和を保って一つのまとまりを作っている点が評価できる。 装飾技術に着目すると、透明性の盛絵具に加えて不透明性の盛絵具を用いている点や、盛絵具装飾に他の色シリーズ(色釉・釉上彩・釉下彩・金彩)を用いた色面や文様、および彫塑的造形を添えることで、色の性質の多様性(透明・不透明・光沢・マット・色調・厚み・質感)が顕著なポリクローム装飾を作り出している。 以上の点を踏まえると、セーヴルの新硬質磁器における盛絵具装飾の様式的特徴は、最新の化学研究の結果生み出された多彩な色材を用いて、斬新な自然主義装飾を施している点にある、と言えそうである。しかしながら、装飾法、色の性質、細部の彫りの表現などは写真では十分に把握できず、実際に作品を見なければわからない点がある。よって今後の研究では、作品観察を通して技術の詳細を把握するとともに、装飾法を併用することの相乗効果を検討したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
円安および燃料サーチャージが高騰した関係から科研費で全出張費が賄えないことが判明したため、令和4年度中に予定していた海外調査を中止し、同調査を令和5年度に実施することにしたため。
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