研究課題/領域番号 |
21K00240
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研究機関 | 立命館大学 |
研究代表者 |
羽谷 沙織 立命館大学, 国際教育推進機構, 准教授 (10576151)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | カンボジア / カンボジア古典舞踊ロバム・ボラン / クメール系ディアスポラ / ディアスポラ民間舞踊学校 / 伝統継承 / 複数性 |
研究実績の概要 |
本科研は、カンボジア古典舞踊ロバム・ボラン(Robam Boran)の継承において実践される芸道的徒弟教育が、カンボジアにおける近代的学校教育制度の拡大と政治体制の変化に伴ってどのように変化してきたのか、そして、そうした変化に、人々はどのように向き合ってきたのかを明らかにすることである。本研究では、以下の2点を研究の射程としながら、2022年度研究を進めた。第1点目は、これまで所与とされてきた、「アンコール王朝時代から1000年以上続く伝統」であり、「宮廷との関わりが深い」というコンテクストからロバム・ボランを引き離し、新しい時代におけるロバム・ボランの意味を再考することである。今日のカンボジアにおける、文化表現をめぐる権力や文化統制のあり方は、ロバム・ボランを過度に理想化したことによって、ロバム・ボラン以外の他の文化表現を周辺化してしまった。この問題は、文化や表現の複数性を排除することに繋がり、オルタナティブな表現活動の芽を摘む危険性を孕んでいるのではないかという点を指摘ができる。第2点目は、クメール系・ディアスポラという視座である。ロバム・ボランの歴史を辿ると、ポル・ポト政権による教育停止を避けて通ることはできない。ポル・ポト政権下での弾圧を恐れて1975年以降、国外へ亡命したカンボジア人は23万人に上り、そのうち15万人はアメリカに定住した。国外に離散したカンボジア難民いわゆるクメール系ディアスポラの中には、アメリカにて、その後ロバム・ボランの復興・継承に取り組んだ者がいる。2022年度、アメリカ・カリフォルニア州ロングビーチ市における調査を実施し、クメール系ディアスポラが設立したディアスポラ民間舞踊学校が、カンボジアで行われる国民教育制度の外にありながらも、ロバム・ボランの発展と継承に深く関わっていることを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題を推進するにあたり、2022年度はクメール系ディアスポラが集住するアメリカ・カリフォルニア州・ロングビーチ市において調査を行った。従来の先行研究においては、1975年以降、およそ15万人のクメール系ディアスポラ(いわゆるカンボジア難民)がアメリカに転地し、カンボジアと気候が類似している温暖な都市カリフォルニア州・ロングビーチ市に集住しているというのが一般的な見方であった。しかしながら、今回の調査では、(1)同地域におけるクメール系人口は減少しており、街中には人影が少なくなっていることを確認した。その背景には、ジェントリフィケーションと地価の上昇、若年ギャングの抗争、コロナの影響で仕事を失った人々がこの地域を離れてしまったなど複合的な要因が重なっていることが明らかになった。したがえって、かつての言説と現状が一致していない状況が浮かび上がってきた。(2)1975年以来およそ30年の歳月のなかで、集住よりは、個々人のネットワークを用いながら、アメリカの多様な州に点在している新しい傾向を把握することができた。したがって、調査では、西海岸のオレゴン州、ワシントン州にとくにクメール系ディアスポラが移り住んでいるという動向から、これらの州での調査も行った。 2022年度の後半は、こうした現地調査で収集したデータを整理し、論文化「「学校」以外の空間における舞踊継承の可能性、正統性、革新性―ロバム・ボランの担い手としてのディアスポラ民間舞踊団」の執筆を行った。
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今後の研究の推進方策 |
2023年度は、カンボジアでのフィールドワークを実施し、クメール系ディアスポラがカンボジアに回帰し、国内において舞踊継承をどのように取り組んでいるのかを検証する。調査は、2023年8月(予備調査)および2024年1月~2月(本調査)を予定している。従来のロバム・ボラン研究においては、国民文化の枠組みを強く意識するあまり、ロバム・ボランの継承を論じる際、カンボジア国内の舞踊家のみを対象としてきた。しかしながら、世界中に離散したクメール系ディアスポラが自発的に立ち上げた、いわゆるディアスポラ民間舞踊学校も、カンボジア国外にありながらその発展に寄与しており、見過ごすことはできない。クメール系ディアスポラがカンボジアに回帰し、なお舞踊継承に取り組む潮流は重要である。2023年度に論文として「カンボジア国内の民間舞踊学校が表象するオルタナティブな声」を投稿する予定である。 2023年度は、クメール系ディアスポラであるカンボジアの古典舞踊家ソピリン・チアム・シャピーロを中心に、舞踊家と研究者の協働、すなわちトランス・ディシプリナリティ(transdisciplinarity)の視点から学際共創的研究活動を行いたい。令和6年度「国際交流基金舞台芸術国際共同制作プログラム」などを活用しながら、古典芸能と呼ばれるロバム・ボランの新しい表現の可能性を模索する国際共同制作、その論文化に取り組みたい。クメール系ディアスポラによる舞踊継承を取り上げ、そこに学術的枠組みを与えることは芸術表現と学術研究の融合の点から極めて重要と考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
2022年度、物品購入費、旅費、人件費・謝金を適切に使用して全額を予定通り執行する予定であった。しかしながら、次年度使用額が234円分発生した理由については、 執行を予定していた文献代金が当方の計算ミスにより、試算していた文献代金よりも234円安価であったためである。これについては、次年度の研究計画に沿って適切に使用する。
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