研究課題/領域番号 |
21K00263
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
渡邊 英理 大阪大学, 人文学研究科, 准教授 (50633567)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | 近現代日本語文学/「戦後文学」 / (再)開発文学 / 中上健次 / 石牟礼道子 / 干刈あがた / 瀬戸内寂聴 / 脱人間主義 / ジェンダー/セクシュアリティ |
研究実績の概要 |
初年度である本年度は、まず、中上健次の「(再)開発文学」研究を、ジェンダー/セクシュアリティ、脱人間主義、世界化の観点から考察を加え、その成果の単行本化を進めた(2022年度刊行予定)。また、新たに戦中および戦後の復興期=開発期を舞台とする中上の中編『鳳仙花』を「戦後」をめぐる言説空間に定位し考察し、日本近代文学会秋季大会で発表した(2021年10月)。 次に、中上の「(再)開発文学」を対照する視座として、都心や郊外の(再)開発を描いた「奄美二世」の「移民作家」干刈あがたの文学について、『日本近代文学大事典(デジタル版)』に解説を寄稿した(日本近代文学館、2022年公開予定)。さらに、企業誘致による開発、それがもたらす生命の破壊としての水俣病を描いた石牟礼道子と中上健次、両者の「(再)開発文学」の比較対照を、大阪大学国語国文学会にて発表した(2022年1月)。中上の『地の果て 史上の時』、石牟礼の『苦海浄土』『椿の海の記』を主な対象に考察し、戦後の地域開発を戦前の植民地主義との連続性で捉える歴史認識を、両者の文学の共通性として導き出し、工場の生産主義に抗する価値の提示など、その思想性を検討した。中上と石牟礼の文学における脱人間主義の思想を、この生産主義に抗する価値のうちに捉え意味づけた。またジェンダーという観点から石牟礼と中上の「(再)開発文学」を検討した。とくに開発主義/生産主義と親和的な男性ジェンダー化された規範的な労働に対し、石牟礼文学が、別様の非労働的労働を提示していることを示した。また、敗戦後の復興=開発期に書かれた瀬戸内寂聴の文学について、「ユリイカ」2022年3月号に寄稿した。「男(夫)の家」をでて、女が自分の「家」を得るまでの物語として初期瀬戸内の短篇連作集を読み、「男の家」をめぐる規範的私小説に対する批判として位置づけた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
調査研究はおおむね順調であるが、コロナ禍で遠隔地の調査が一部実施できていない。またコロナ禍で国際会議等への参加ができなかったため、成果公表などのアウトプットに関してはやや遅れている部分がある。
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今後の研究の推進方策 |
研究二年目の最大の目標は、中上健次の「(再)開発文学」研究をまとめた単行本を出版することである。現実の被差別部落をモデルとした路地を舞台にその(再)開発を表象した中上の路地小説を中心に、脱人間主義、ジェンダー/セクシュアリティ、世界化の観点から考察を深め単行本として公刊する。刊行後は、合評会などを催し、研究成果に対するリアクションを得て、さらなる研究の深化、拡大につとめる。研究二年目のふたつ目の課題は、石牟礼道子の「(再)開発文学」研究の公刊である。研究初年度に口頭発表した(大阪大学国語国文学会、2022年1月)石牟礼道子の『苦海浄土』『椿の海の記』をめぐる論考を活字化する。脱人間主義とジェンダー/セクシュアリティの観点から石牟礼の「(再)開発文学」を検討し、その「思想文学」の可能性を提示する。また、石牟礼道子の重要な伴走者であった思想家・文学者の渡辺京二の思索についても、検討を試みる。 「聞書き」の手法を用いる中上や石牟礼の「(再)開発文学」には、周縁化された声の表象=代行をめぐる思索が含まれている。その思索の検討に向けて、ガヤトリ・スピヴァクの文学理論の再検討も試みる。従属的な立場にある個人や集団を意味する「サバルタン(女性)」の表象=代行/代表(representation)をめぐるスピヴァクの思想を補助線とすることで、中上や石牟礼の「聞書き」の方法への深い理解が得られるだろう。 また、中上健次の「(再)開発文学」を場所とことのは(言の葉・事の葉)の記憶をめぐる問題に敷衍した考察に着手する。その際、古典文学で用いられる「名所」という概念を理論的なキーとして「仮設」/「仮説」し、中上の「(再)開発文学」にアプローチを試みることを予定している。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍のため、遠隔地への調査、国際会議への出張などが実施できなかった。本年度実施できなかった調査や国際会議への出張などは、次年度に計画し、使用する予定である。
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