研究課題/領域番号 |
21K00265
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
下岡 友加 広島大学, 人間社会科学研究科(文), 准教授 (30548813)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 尾島菊子 / 加納幽閑子 / 女性記者 / 書く女 |
研究実績の概要 |
当該年度においては、本研究に関する研究発表として「尾島(小寺)菊子「幼きころ」を読む」新・フェミニズム批評の会10月例会(zoomオンライン開催、2022年10月8日)を行った。学術雑誌論文としては「〈書く女〉の誕生 ― 『台湾愛国婦人』掲載小説・尾島菊子「幼きころ」―『広島大学文学部論集』(2022年12月、第82巻:1-20頁)、「海を渡った女性記者・加納幽閑子―『台湾愛国婦人』時代を中心に―」『表現技術研究』(2023年3 月、第18号:1- 26頁)の二編をまとめ、研究の成果を公にした。尾島菊子は大正期を代表する女性作家の一人とされるが、その研究は十分ではなく、『台湾愛国婦人』掲載作品の内実についても殆ど知られていない状況にある。本研究においては、『台湾愛国婦人』掲載の長編小説「幼きころ」が菊子の代表作とも位置づけられる重要な文学的価値を持つことを彼女の旧作「父の罪」等との比較のなかで明らかにした。また、加納幽閑子は現在では全くの無名であるが、『台湾愛国婦人』初期~中期にかけて最も多くの寄稿を行った女性作家・記者であり、〈外地〉メディアの女性雑誌の運営上に欠かせない書き手であった。幽閑子の履歴については彼女の故郷(現・兵庫県丹波市柏原町)での現地調査を踏まえて、『台湾愛国婦人』以外の媒体発表作品についても調査を行い、可能な限りで明らかにした。先行研究や情報が皆無である人物であるだけに、著作目録の作成にも多大な時間と労力を要したが、明治期から昭和期にかけて〈内地〉〈外地〉両方の媒体に約三十年にわたる執筆活動を行った人物として、女性史にも資する貴重な例を調査し、活字にすることができたと考える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
加納幽閑子の履歴の調査や著作目録作成には、当初の予想以上の時間が必要であったため。彼女の寄稿は著名な商業雑誌だけでなく、稀覯雑誌において多数行われていることもあり、その現物確認には日本各地の資料所蔵館に出向くことが必須であったが、コロナ禍のために、そうした出張・調査自体が難しかったという事情が背景にある。
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今後の研究の推進方策 |
今後はまず、『台湾愛国婦人』に多くの作品を寄稿している、国木田治子の著作を中心として考察をすすめていく予定である。治子は同雑誌において〈内地〉の媒体には見られない、文壇への批判的な発言等を記しており、注目される。また、彼女の小説には亡き夫である国木田独歩の作品の引用も見られるため、その言説との関わりを踏まえた分析が必要となる。さらには、同じく『台湾愛国婦人』への寄稿が見られる先輩の女性作家・小金井喜美子や同年代の尾島菊子たちとの比較も行い、彼女の執筆活動を相対化する。治子の寄稿内容の位置づけを行った上で、本研究助成の最終年度である次年度は『台湾愛国婦人』という〈外地〉の媒体が女性作家たちにどのような自己表象を可能にしたのか、総括する作業を行う。その際、〈内地〉の女性雑誌『青鞜』『女子文壇』等との比較考察が必須である。さらには、近代日本社会・家族史研究、植民地研究、台湾史研究、ジェンダー研究等との知見も取り入れて、明治・大正初期における〈外地〉メディアと女性の書き手たちとの関わりを総合的に明らかにする。そうした研究成果を著作として公にするための原稿への結実までを本研究課題の最終目標として研究を遂行する。
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次年度使用額が生じた理由 |
助成金使用上の端数の発生であるが、令和5年度の研究推進方策通り、明治・大正初期における〈外地〉メディアと女性の書き手たちの関わりを文学以外の他分野の研究蓄積・文献を参照するために使用する予定である。
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