当該年度(最終年度)においては国木田治子の文業を中心に研究を行った。具体的な成果として「夫を模倣する、文壇を侮蔑する―『台湾愛国婦人』掲載・国木田治子のテクスト戦略―」と題する全国学会での口頭発表を行った(日本近代文学秋季大会、於北海道大学札幌キャンパス、2023年10月22日)。国木田治子は明治末期の代表的作家である国木田独歩の妻であり、独歩死後にも執筆活動を続けた女性作家であるが、彼女の文業は「未亡人の仕事」として軽視される傾向があり、全著作を網羅した年譜も作成されていない。本研究では、治子の著作を調査し直して新たな著作年表を作成するとともに、『台湾愛国婦人』という〈外地〉雑誌に治子が寄稿していた計18編のテクストも含めた彼女の文業の再評価をはかった。治子は戦死者の遺族や傷痍軍人の救護・慰問を目的とする愛国婦人会の主旨にあわせて創作を行ったと考えられ、その彼女の〈戦術〉の具体と変遷を明らかにした。なお、この発表内容は雑誌論文にまとめて、現在査読誌に投稿中である。 本研究期間全体を通じて、尾島菊子・加納幽閑子・国木田治子のように、これまで十分な研究が行われてこなかった、しかし、明治末~大正期にかけて当時としては旺盛な執筆活動を行っていた女性作家の〈自己表象〉の具体を詳らかにできたことは、日本近代文学研究のみならず、近代女性史・ジェンダー研究においても資する成果である。また、加納幽閑子と加納豊(『台湾愛国婦人』編集者)の例に典型的なように、女性の執筆活動の背景には男性の存在がある。こうしたいわば〈夫妻協働〉〈家族協働〉の在り方は『台湾愛国婦人』の誌面構成にも反映されており、その背景を近代の家族制度、並びに「山地討伐」を行う〈外地〉台湾特有の必要性から把握できたことも本研究の大きな成果と考えられる。
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