研究課題/領域番号 |
21K00290
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研究機関 | 東海大学 |
研究代表者 |
堀 啓子 東海大学, 文化社会学部, 教授 (60408052)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 尾崎紅葉 / 黒岩涙香 / 小栗風葉 / Sexton Blake / Bertha M. Clay |
研究実績の概要 |
今年度は、本研究で研究対象として中心に据えている文士の一人、尾崎紅葉の没後百二十年にあたったことから、とりわけ紅葉に焦点を当てて研究活動を行った。具体的には、紅葉がどのようにdime novelsから創作の素材を得てきたかを調査し、さらにそうした洋文脈から生まれた紅葉の翻案作品が、アジアの他の国々にどのようなかたちで流れ出ていき、日本の近代文学として受容されたのかを検証するため、日本比較文学会全国大会に於いて、「明治の文豪から拡がるユニヴァース――尾崎紅葉文学の水脈」と題し、アジアの研究者も交えて、当時の日本文学がどのようなかたちで生まれ、国境を越えて認知されていったのかという過程をワークショップでも討議し、アジア諸国における受容について検証した。 またdime novelsの叢書を代表するアメリカ人女流作家Anna Katharine Green(1846ー1935)についても研究を着手した。具体的には、The Leavenworthhe Case (1878) (『リーヴェンワース事件』)について黒岩涙香が明治二十二年に『真っ暗』という邦題で新聞に翻訳を掲載した背景や、坪内逍遥が明治二十年に、XYZ: A Detective Story(1883)という原作の発表からわずか四年で『贋貨つかひ』という邦題で、翻訳を発表した内容についても分析し、その一部を『〈探偵小説の父〉の愛したアメリカン・ミステリ』と題して、ウェブマガジン『パニックアメリカーナ』に掲載した。 また社会への還元活動の一端として、一連の紅葉の翻案作品が一般読者を魅了した背景について、東京都新宿区主催の「紅葉と鏡花」(尾崎紅葉没後120年、泉鏡花生誕150年記念イベント)での講演講師やNHKのテレビ番組『文豪温泉Ⅱ』のナビゲーターなどを務めて、一般社会にも向けての情報発信にも努めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
報告者は当初の研究目的と研究計画に照らし、おおむね順調に研究が進展していると認識している。この判断基準は、以下、三つの点に関する自己点検に拠るものとする。 第一に、当初の研究計画通りに、dime novelsに分類される一連の洋書作品群が日本にもたらされたことによって波及した影響について、新たなdime novelist作家の作品を中心に分析を進められたこと。 第二に、上記の結果として特に探偵小説などの新たな枠組に分類される分野の一連の作品と、それらの翻訳がもたらしたことによって切り開かれた、新たな作品分野の傾向についての研究に着手しえたこと。 第三に、日本におけるdime novelsの受容が文士たちに創意を喚起し、新たな作品を生み出させたことにより、そうした作品ががアジア各国へともたらされてその国で人気を博し、映像化も含めて一世を風靡したケースについても分析をすすめ、結果的にこれらの作品が国境を越えてもたらした影響について整理した。
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今後の研究の推進方策 |
今年度までの研究は明治期の作品を中心としていたため、今後の研究は当初の予定通り時代の範囲を広げ、大正期の作品にもより重点をおいて進めていきたい。そして大正期を焦点化するにあたり、二つの段階を念頭において研究を進める。 まず、大正時代の文壇に寄与した作家の中でもとりわけ徳田秋聲、田山花袋らを中心とした作品に注目する。両者には長期にわたる新聞連載小説も多く、自然主義的傾向の作品が多い。だがdime novelsをもとにした翻案作品としては、むしろシンプルなストーリーテリングを展開した短編作品が多いと想定される。よって短い連載小説や読み切りの雑誌掲載小説、書下ろし作品などに着目し、彼らの作品中、原作の特定はなされていないものの、翻訳や翻案と認識されうる作品や、dime novelsのテイストを残しつつもそのことを明示していない、翻案と目される作品の執筆背景を洗い出すことで、原作を措定することに努めたい。 また秋聲や花袋に限らず、その著作の完全なる原作が特定しえないまでも、dime novelsを渉猟していたことが明らかな同時代の作家たちの作品群を包括的に分析することで、文体及び構想上にdime novelsの影響を浮き上がらせていくべく、背景を整理していきたい。 こうした二つの段階を経ることで、明治・大正期の日本文学におけるdime novelsのもたらした意義を明らかにし、研究の総括としていきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度は昨年度に引き続き、感染症の蔓延防止の観点から、出張による現地調査などが難しく、当初予定しておりました旅費や、その場で要されることを想定していた文献複写費や資料購入費などの支出が見込めなかったことが理由です。 次年度は本来予定していた現地調査の実施や、その代替として古書資料の購入により、予定していた支出額を充てることを計画に入れ直しております。
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