研究課題/領域番号 |
21K00306
|
研究機関 | 鳴門教育大学 |
研究代表者 |
黒田 俊太郎 鳴門教育大学, 大学院学校教育研究科, 准教授 (10646946)
|
研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
|
キーワード | 中河與一 / モダニズム / 形式主義 / 浪漫主義 / 全体主義 / 科学知 / 排日運動 / 移民 |
研究実績の概要 |
本研究は、1920年代にモダニズム作家として出発した中河與一(1897-1994)が、1930年代に自身の芸術理論を日本回帰的な全体主義=浪漫主義へと転換させていった経路を解明する。今日では“忘れられた作家”中河與一は、1930年代後半、ベストセラーとなった「天の夕顔」(1938)のような、恋人への献身的な姿を描いた浪漫主義的な恋愛小説を通じて、全体(民族)に奉仕する自己犠牲の精神を人々に注入しようとした。国策文学とは一線を画す中河のプロパガンダの方式は注目に値するが、中河を全体主義=浪漫主義へと向かわせた要因とは何だったのか。要因には、相対性理論・量子力学といった科学知との遭遇や、1924年移民法に象徴される米国の排日運動に接したことなどが想定される。ゆえに、それらの要因が中河の芸術理論・小説に与えた影響を調査・分析する。また多くの文学者が日本回帰的な思想に転向した共時的現象についても分析し、この時代の精神構造の一端を明らかにしたい。 1930年代に中河が主催した同人誌には、『新科学的』(1930-33)、『翰林』(1933-36)、『文芸世紀』(1939-46)がある。これまで研究の対象と目されてこなかったこれらの雑誌を精査することで、中河の科学知や1924年移民法に対する見解を抽出し、中河の芸術理論が全体主義へと向かう道程を跡づけたい。 令和3年度は、科学知と遭遇した中河が、「唯物論的な文学論(注、形式主義論)の完成」を目指して創刊した同人誌『新科学的』を調査・分析した。その結果の一部を、論文「中河與一の科学的ロマン主義―雑誌『新科学的』刊行期間中の思考をめぐって」(『鳴門教育大学研究紀要』37、2022・3)として発表した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
中河が同人誌『新科学的』を刊行していた期間における、中河の同人誌内外の発言を網羅的に収集し、分析することができたため。まず、散発的になされていた「悲劇」にまつわる中河の発言を収集し、分析した。またそれらの発言の中で、常に批判的に言及されていた伊藤整の新心理主義文学の主張、及びそれへの保田與重郎の批判を、それぞれ考察できた。さらに、そうした作業を経て、最終的に中河の「科学的ロマン主義」という思考の輪郭を素描できた。
|
今後の研究の推進方策 |
引き続き、中河主催の同人誌や、それ以外の媒体における中河の発言を収集・分析し、中河の科学知や1924年移民法に対する見解を抽出する。また同時期に書かれたテクストの分析もあわせて行うことで、中河の芸術理論が全体主義へと向かう道程を跡づけていきたい。
|
次年度使用額が生じた理由 |
調査の過程で、令和3年度に研究を予定していた中河與一の理論的発言が限定的であることが判明したため、設備備品費・旅費・その他備品費を削減することができた。 令和4年度以降は、予定していた範囲に係る調査を進め、書籍・雑誌記事・新聞記事等を収集する。必要に応じて関係図書・資料の購入を進めるとともに、国立国会図書館等の図書館・資料館等に赴き、文献複写をおこなうなど、適切に設備備品費・旅費を執行する予定である。
|