研究課題/領域番号 |
21K00342
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研究機関 | 石川県立看護大学 |
研究代表者 |
工藤 義信 石川県立看護大学, 看護学部, 講師 (70757674)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | 材源との比較 / 写本編纂者の文学的ネットワーク |
研究実績の概要 |
本年度は『息子への教え』第1巻を、その材源の1つであるアルベルターノ・ダ・ブレシア著『慰めと忠告の書』と比較することで、前者作品の特質を明らかにする研究を進めた。『慰めと忠告の書』は数多くの写本で現存する作品だが、まずイドリーが『息子への教え』執筆にあたり参照したと考えられる『慰めと忠告の書』がどのようなヴァージョンであったかに関し現存写本の全体的状況から言えることを考察した。次いで『息子への教え』と『慰めと忠告の書』の双方に含まれている、学ぶという営みの捉え方に関わるパッセージを比較し相違を吟味した。これと関連して、両作品で教訓の伝え方(読者が教訓を学び取る仕方)がいかに異なるかを分析し、またそれを通して所作指南書としての『息子への教え』の特質を浮き彫りにすることを試みた。同じくテクストが構造化している教訓の伝え方という観点から、第1巻と第2巻の連続性および断絶についても吟味し、その上でイドリーによる材源の翻案の性質を、中世後期イングランドにおける所作指南書の隆盛や、地主層の教訓への要請に根差したものとして評価した。前年度までの個別のイドリー写本の研究が、特定写本の筆耕者や制作依頼主の営みを明らかにしてきたのに対し、本年度の上述の研究成果は、研究課題全体が描出を目指す「人とテクストとの対話の連続」としての写本を通じた教訓詩の伝播において、その原点となるストーリーを提供する。 本年度はまた、大英図書館所蔵のイドリー写本1点の筆耕者に関わる情報について近年の地域史研究を中心に調査し、写本内部の情報との関連をみることで、写本の編纂者や作品の筆耕者、また著者イドリーを取り巻く文学的な人間関係について探究した。 以上の成果により、現存写本の多角的調査に基づく『息子への教え』の編纂、改変、受容の諸相とその全ての背後にある中流社会階層の教訓への要請を解明する研究書の出版計画が前進した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
年度途中に生じた特殊な事情により、実質的に研究作業を進められない期間があったが、それを過ぎてから再び当初の計画に沿って研究を再開した。当初年度内の実施を計画していた学会の研究集会における報告も見送ることとしたため、研究成果公表の点では遅れが生じている。他方、実質的な研究作業は年度後半に一定程度進めることができ、次年度以後の成果公表に向けた準備は概ね堅調と言える。
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今後の研究の推進方策 |
個別の写本の分析を順番に進めてきた研究期間前半期の進め方から方針を転換し、今後の後半期では研究課題全体の成果としての研究書の執筆に照準を合わせて進めていく。本年度実施を見送った研究集会における報告については、翌年度に実施する準備をすでに進めている。今後の新たな写本の分析にあたっては、過去に取得済みの画像データや調査ノート、関連資料を充分に活用し、翌年度半ばもしくは後半に計画している現物調査を限られた日程の中で効果的に行えるよう準備を整えていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
前項で述べた通り、当初年度内に計画していた研究集会での報告の実施を見送ったが、これが次年度使用額が生じた主要理由であり、翌年度に実施する計画である。また、旅費が一般に上昇傾向にあるため、翌年度に計画している写本現物調査にかかる旅費を中心とする費用にも次年度使用額を使用する見通しである。
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