研究課題/領域番号 |
21K00349
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
不破 有理 慶應義塾大学, 経済学部(日吉), 名誉教授 (60156982)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | アーサー王文学 / トマス・マロリー『アーサー王の死』 / 19世紀英国印刷・出版史 / 中世主義 / Joseph Haslewood / 近代のケルト概念 / Matthew Arnold / 頭韻詩『アーサーの死』 |
研究実績の概要 |
コロナ禍で実施を控えていた海外調査を再開し、2023年9月に大英図書館所蔵の資料調査を実施。アーサー王物語の定本・トマス・マロリー『アーサー王の死』の1816年刊行テクストの一つ、ウィルクス版編者ジョゼフ・ヘイズルウッドの書簡を中心に、マロリーの出版が企画された時期と出版にいたる状況を探った。 単著『「アーサー王物語」に憑かれた人々―19世紀英国の印刷出版文化と読者』を2023年に刊行したことに伴い、慶應義塾大学教養研究センター選書イベントを依頼された。シンポジアム形式で筆者と3人の登壇者による発表を交えて2023年11月30日に実施(録画は本センターのWeb上で公開中)。筆者は本のカタチを決定する判型の特定によって印刷用紙と印刷機を推定する経緯、さらに1816年版テクストの印刷所要時間を算出する過程を紹介した。印刷所要時間を再検討すると推定出版時期を繰り上げできる可能性を示した。シンポジアムでは安形麻理氏(慶應義塾大学文学部図書館情報学)には書誌学の視点から書物の判型とはなにか、当時の印刷工程を論じていただき、さらに高橋勇氏(同文学部英文学)には18世紀に誕生した「文学史」のナラティブの観点から中世主義の勃興、さらに原田範行氏(同文学部英文学)には出版文化史とアーサー復興の脈絡に1816年版を位置づけ論じていただいた。幸い参加者からは高い満足度を示す評価が寄せられた。 国際アーサー王学会本部から依頼を受け、日本支部のアーサー王研究動向、特に日本のマロリー学とテクスト改訂の歴史の関連を調査・執筆した。中世主義は昨今、アーサー王伝承の研究や西洋中世の研究において学問分野として認知されている。『西洋中世事典』の項目執筆を担当した。日本ケルト学会の招請で頭韻詩『アーサーの死』の研究発表を行った。本作はマロリー学上で重要な典拠だが、本作の新たな典拠と政治的言及の可能性を指摘した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本助成による当初の予定では、4年間にわたる研究計画の後半期には19世紀中葉以降の『アーサー王の死』のテクストの出版社の資料収集と分析に入る予定であったが、方針を修正したため。単著として『「アーサー王物語」に憑かれた人々―19世紀英国の印刷出版文化と読者』を刊行する機会に恵まれ、本書における1816年版をめぐる出版・印刷状況の論述には英語では未発表の知見が含まれている。そのため、より早く英文書籍として出版することが重要と判断し、当初より対象範囲を絞り、出版に必要な調査を優先することとした。書籍構成の再検討に時間を要したことと、また別途、研究に関連した論考とはいえ、依頼原稿のために調査と執筆に時間を要したため、本研究自体の進捗状況としてはやや遅れていると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
コロナ禍後再開した大英図書館所蔵資料調査によって、一定の結果を得ることができた。1816年版編者の手稿書簡を調査し一部解読済みだが、限られた滞在期間内にすべてを読むことはできなかったため、撮影したデジタル画像の解読と整理を行いたい。また前項で述べたように、本助成による当初の予定では、研究計画の後半期には19世紀中葉以降の『アーサー王の死』のテクストの出版社の資料収集と分析に入る予定であったが、著書『「アーサー王物語」に憑かれた人々―19世紀英国の印刷出版文化と読者』を刊行することによって得られた評価をもとに、さらに英文の書籍化のために論の再構成と文献収集と分析を進める。1816年版ウィルクス版についてはかなり詳細な印刷業者の生業と出版状況の分析が可能となった。ウォーカー版については印刷者の調査が十分ではないので、編集者と出版者の情報収集と分析に合わせて、早急に進め、書き進めていきたい。 1816年版編集者の書簡を通して明らかになりつつある1810年代のロンドンを中心とした書物をめぐる人々についても、書物収集熱や中世復興とアーサー王伝承の復活といった時代を特徴づける文化・社会潮流に関連づけながら論考をまとめる。そのための文献の収集と分析と執筆を進めていきたい。マロリー観の変容の比較参照のため、日本におけるマロリーの受容の分析もすすめ、その糸口として漱石のマロリー観について調査する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍で海外出張を見合わせていた繰り越し分が残っていたことに加え、当初の予定より英語による発表論文の本数が少なかったことと、一部人件費を使用せずに英語論文を作成したため、計上していた人件費が少額で済んだため。 2024年度の研究推進方策に記したように、英語による著作執筆を進めるため、より緻密なネイティブチェックと英文編集が必要となる。その費用のために、人件費として繰り越し分を使用したい。また国内外の学会および調査のための出張も必要になる可能性があるため、旅費としても繰り越し分を充てる予定。
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