研究実績の概要 |
2022年度は、子どもを中心的主題とする現代イギリス小説(チャイルドフッド・ノヴェル)の中から3作品を取りあげ、以下の点を明らかにした。 (1)マーゴ・リヴジー『ジェマ・ハーディの飛翔』(Margot Livesey, The Flight of Gemma Hardy, 2012;未訳)・・・本作の主人公ジェマは、国家にも家族にも依存しない社会的孤児として、新自由主義的な自己の理念を体現した存在である。彼女は、新自由主義的主体――自助の規範を内面化し、「自分自身の企業家」としての自律的な選択を行うことのできる子ども――として表象されている。 (2)ニック・ホーンビィ『アバウト・ア・ボーイ』 (Nick Hornby, About a Boy, 1998)・・・この小説は、ディケンズ小説における「大人-子ども関係の逆転」というモチーフを現代小説に応用した作品である。(ニール・ポストマンが言うところの)「子ども化された大人」と「大人化された子ども」である本作の二人の主人公たちは、互いの逸脱的属性を交換することで、それぞれの年齢集団に相応しい人間(標準的な「大人」と「子ども」)へと変容を遂げていく。 (3)トビー・リット『デッド・キッド・ソングズ』(Toby Litt, deadkidsongs, 2001; 未訳)・・・この小説においては、新しい子ども社会学がしばしば批判の対象とする発達論的子ども観が解体されている。『デッド・キッド・ソングズ』では、子どもの成長を「無垢/非合理→経験/理性」という単線的発達と見なす本質主義的な観点が、ビルドゥングズロマン的物語構造の転覆を通じて退けられている。 (1)の研究成果を論文としてまとめ発表した。(2)と(3)の検討結果は2023年度中に刊行予定の著書において発表する予定である。
|
今後の研究の推進方策 |
2021年度・2022年度に取りあげた諸作品の他に新たに3作(サラ・モス『夜間の目覚め』[Sarah Moss, Night Waking, 2011; 未訳]、スティーヴン・ケルマン『ピジョン・イングリッシュ』[Stephen Kelman, Pigeon English, 2011年;未訳]、ジョナサン・トリゲル『少年A』[Jonathan Trigell, Boy A, 2004; 未訳])を加えた計8作のチャイルドフッド・ノヴェルに関する論考をまとめた著書を、2023年度中に発表する予定である。同書の結論においては、作品の精読に基づく各論を総括し、チャイルドフッド・ノヴェルのジャンルとしての本質的特徴(1. 子ども(らしさ)の社会的・文化的構築に関わる言説や制度への批判的視座 2. 過去の文学伝統の換骨奪胎を通じた子ども概念の再解釈 3. 子どもの造形そのものの多様性)を抽出したうえで、これらの小説が「子どもであることの複数性」を主題化している点を明らかにする。
|