19世紀は、科学・哲学・歴史学、文献学の発展により、世界の見え方が大きく変化していった時代といえる。それはキリスト教の世界観、教え、あり方、教会のあり方をも大きく揺さぶるものとなった。ところが、教会、とりわけカトリック教会は、使徒伝来の伝統に固執し、時代が求める変化に対応することをよしとせず、むしろそれらに反発し、対応の遅れを示した。結果として残された諸問題が、19世紀末にはこれ以上看過できない問題となり、宗教モダニズムと呼ばれる改革運動を生んだ。 国民の大部分がカトリックを占めるアイルランドにおいては、教会の力がすみずみまで行きわたり、問題が噴出するのを抑止する力として作用していたが、それでもアイルランド国内で教会のあり方に疑問を感じ、反発する人が少数ながらいた。その一人が、昨年度取り上げたジェイムズ・ジョイスであり、ほかにもジョージ・ムア、トマス・コネラン、ジェラルド・オドノヴァンらがいる。後者二人は教会の神父であった。 2023年度は、そのうちの一人、ジェラルド・オドノヴァンを取り上げた。彼は、優秀な神父で、地域でも国レベルでも重要な人材と目されていたが、カトリックの司祭職を辞し、イギリスに渡って作家となった。彼は自身の経験をもとに小説『神父ラルフ』を描くことになるが、教会を離れた自身の経験を宗教モダニズムと結びつけている点が特に重要となる。具体的には、住民に寄り添った司祭であろうとする神父ラルフと、当時のアイルランドにおいて問題になっていたゴンビーン・マン(高利で金を貸し出すことで地域の住民から搾取し、支配する商店主)と結託し、信徒を押さえつけ、搾取する教会及び司祭を、対比的に描くことで、アイルランドのカトリック教会のあり方を鋭く批判している。この考察は、論文「ジェラルド・オドノヴァンの『神父ラルフ』における反ゴンビーン・モダニズム」にまとめた。
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