本研究は、従来のキプリング研究において十分に注目されてこなかった作中の「病い」に焦点を当て、キプリングが「病い」を頻繁に作中に登場させた理由を時代相を踏まえて考察することを目的に構想された。全執筆期を視野に入れた包括的研究スタイルによって得た考察は、帝国主義全盛期と重なる著作活動初期には外的要因による病いを多く描いていたキプリングが、帝国主義に影が差し大英帝国の衰退が始まる時期にあたる中期以降、精神的要因による病いを多く描くようになった変遷を裏付けとし、キプリングにとって「病い」を描く行為は公人として抑圧を強いられた大英帝国崩壊への不安の表出である可能性を強力に示唆するにいたった。
|