最終年度はマックス・ブロートの小説『ユダヤ人の女たち』(1911)の翻訳書出版準備にあてた。ブロート(1884~1968)はフランツ・カフカ(1883~1924)の友人であり、その遺稿編集者、伝記作者としてカフカとの関係から注目されてきた。ブロートも作家として小説を三十作以上発表しているが、その日本語翻訳は一冊も刊行されていない。訳書出版を通じてブロートの仕事内容を紹介することは、有意義なことだと考えていた。訳稿は今年度始めに出版社に送付済みであり、訳注やルビを中心に、修正指示を受けた。今年度は、訳注の作成、校正そのほかを進めた。 校正と同時に、ブロートの伝記、書誌情報を作成した。ブロートは小説のほか、評論を二十作以上、演劇台本を手がけていた。上述した通り、ブロートの履歴をあつかう日本語の文献は存在していない。報告者はブロートに関心をもつ研究者、一般読者に書誌情報を提供したいという動機にもとづき、彼の著作のデータベース作成を念頭に置き、年譜を作成した。 今年度後期は『ユダヤ人の女たち』についての解説論文の執筆にあてた。本作はユダヤ人の民族主義サークルによって注目された。ユダヤ民族主義は、文学を通じたユダヤのアイデンティティの構築をもくろんでいた。本作の登場人物は、オーストリア=ドイツ人に同化していて、同一性をめぐる問題には無関心だった。ブロートはカフカにシオニズムを仲介した人物であると指摘されてきた。実際、第一次世界大戦以前、ユダヤ人問題に対するブロートの関心は乏しかった。本研究を通じて、ユダヤ民族主義者にいたるまでのブロートの精神遍歴の一端を解明することができた。訳稿、年譜、論文は2024年度内に幻戯書房より刊行される予定である。
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