研究課題/領域番号 |
21K00414
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
村瀬 有司 京都大学, 文学研究科, 准教授 (10324873)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 騎士物語 / アリオスト / 物語の直接話法 |
研究実績の概要 |
2021年度は、16世紀のイタリア文学を代表するアリオストの騎士物語『狂えるオルランド』の直接話法の特徴を明らかにすべく、3行の長さの台詞を分析した。この直接話法は、数は少ないながら、作品内の皮肉な場面やグロテスクな状況で使用されて強い印象を与えている。この直接話法について、シンタックス構成と冒頭部の展開という二つの点から分析した。 『狂えるオルランド』の該当例をみると、6行目から始まり8行目で終わる配置がもっとも多く(54.5%)、2-4行目の位置取りがそれにつづく(27.3%)。どちらも八行詩節の節目で台詞が終わる形となっており、個々の事例のシンタックス分析から二つの配置はともに1+2の文構成をとる傾向にあること、最初の1行目で強いメッセージを出してから次の2行でしめくくりの表現を提示していることを明らかにした。 3行の長さの直接話法の冒頭部については、導入表現(「彼は言った」)の文法的位置づけに着目しながら分析を行った。『狂えるオルランド』の直接話法の大半(全体の80%強)は奇数行を起点としている。6行目と2行目から始まる台詞はこのパターンから外れた形となる。双方の導入表現をみると、どちらも直前の5行目及び1行目の地の文と文法的に連続した形で展開している。奇数行から始まる台詞(特に1行目を起点とする発話)がしばしば前行の叙述をピリオドで閉じた後に提示されるのに対して、6行目及び2行目を起点とする台詞は、直前の地の文から連続的に展開している。この描写と一体化した展開によって台詞の効果が高められていることを明らかにした。 また『狂えるオルランド』の直接話法の特性を浮き彫りにする方策として、ボイアルドの『恋するオルランド』(15世紀末)とタッソの『エルサレム解放』(16世紀後半)の台詞の分析を継続し、後者の特徴の一つである行の途中で終わる台詞の形態と効果を論文にまとめた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究は、アリオストの『狂えるオルランド』の直接話法の配置・様態の特色と効果を考察している。2021年度は研究対象を適切かつ効率的に分析する手立てとして3行の長さの直接話法、特にその多くを占める6行目及び2行目を起点とした事例に着目して一定の研究成果をえた。一方、この研究過程で、通常は奇数行から始まる『狂えるオルランド』の直接話法が偶数行から展開した場合の、導入表現を含めた冒頭部の文構成について情報を整理・検討する必要が生じた。この作業に時間を費やした結果、当初よりも作業の進捗が遅れる結果となった。 研究の遅延にかかわるもう一つの問題は、ボイアルドとタッソの英雄詩に比べて『狂えるオルランド』では台詞のイレギュラーな配置の効果が見えづらいという点である。前二者、特にタッソは、場面をリアルに再現するという明確な意図をもって直接話法を活用しており、その配置の効果を検証することは比較的容易である。これに対して、アリオストは読者の心を捉えるような迫真性を、必ずしも台詞に求めてはいない。物語における直接話法の役割の一つは、登場人物に自身の言葉を語らせることでその姿を浮き彫りにする、あるいはその場面を効果的に提示することにある。本研究もこのような直接話法の機能を一つの前提としている。ところが、アリオストは『狂えるオルランド』の直接話法の一部を、別の原理に即して使用している可能性がある。このような可能性を考慮に入れて『狂えるオルランド』の直接話法を再検証していることも研究の遅れの理由となっている。 加えて、2021年度は所属大学の多数の業務が重なり、これらの仕事に少なからぬ時間を割かざるをえなかった。この想定外の業務過多も、研究の進捗を遅らせる一因となった。
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今後の研究の推進方策 |
アリオストの『狂えるオルランド』の直接話法を集中的に考察した結果、その連内の変則的な配置に特殊な一面があることを確認した。通常、8行詩節の直接話法がイレギュラーな配置をとる場合、その配置には台詞を劇的に提示する、あるいは場面をリアルに描き出すといった目的が介在している。タッソが『エルサレム解放』で台詞を不規則的な位置に配すのはこの理由による。これに対して『狂えるオルランド』では登場人物の姿を一定の距離を置いて時に皮肉な効果とともに描き出す傾向があり、直接話法もしばしばこのトーンに従って特殊な配置をとっている。 このようなアリオストの創作姿勢を端的に示すのが、1行の直接話法である。登場人物の短い台詞はしばしば話者の感情を直截的に表現する。タッソとボイアルドの作品では1行の台詞は、場面を劇的に再現するために高い頻度で連末尾の8行目に置かれている。これに対してアリオストの作品では、1行の台詞が集中するのは8行目ではなく5行目と4行目である。この連中央の配置の機能を分析することによって、アリオストの創作の特色を浮き彫りにすることが可能となる。またアリオストの1行の台詞はしばしば仮想の様態、つまりある状況下で語られたかもしれない可能性の言葉として提示されている。この間接的な形式にもアリオストの創作を解明する手掛かりがあると考えられる。このような特徴をもつ1行の台詞を手掛かりに研究をすすめる。 次に『狂えるオルランド』の直接話法において高い比率を占める、導入表現を挿入した台詞を検討する。まず全事例を対象に導入表現の挿入位置を確認し、次いでアリオストの特徴と推定される、2行目以降に挿入がなされたケースについて地の文と台詞の接続の様態を分析する。このような直接話法では、地の文から登場人物の言葉が導入表現を介さずに始まり一定の長さ継続する。この形態を糸口にアリオストの叙述の特徴を解明する。
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次年度使用額が生じた理由 |
2021年度の予算に2000円強の残金が発生したが、予算の執行そのものは、初年度の研究計画にしたがって順調に行われた。少額の残金を消化するために、必要性が高くない物品を無理に購入するのは適切でないと判断した。
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