最終年度においては、アリオストの『狂えるオルランド』の直接話法のなかから11音節詩行1行に収まる短い台詞を対象に、その総数、連内の位置、行内の配置を整理したうえで、タッソの『エルサレム解放』とボイアルドの『恋するオルランド』のデータと比較しながら、アリオストの創作の特徴の一端を明らかにした。『狂えるオルランド』においては、1行以内の短い直接話法は、連の中央の4、5行目、また前半の1行目、3行目に多く配置されている。短い台詞は話者の感情をしばしばダイレクトに伝えるものであり、ボイアルドとタッソはこのような発話を、もっとも目につく連末尾の8行目に置いてその効果を最大限に発揮させている。アリオストの騎士物語にも同様の配置は存在するが、その数は限られている。『狂えるオルランド』では、短い台詞を連の末尾に置いて劇的な効果を高めることは控えられており、それらは連の前半もしくは中央に配置されて、その後につづく語り手の叙述が連を閉じる形が大半を占めている。
短い台詞を連の前半あるいは中央に配置して感情の吐露を抑制するこの姿勢は、話が佳境にさしかかったところで別の場面に物語を転換する『狂えるオルランド』に特有の語り口に通じている。いずれの場合も、登場人物の姿・行為にあえて距離を置くこと、劇的な展開に読者を巻き込まないことが意図されている。
最終年度の研究では、通常の物語において求められていることは正反対のこのようなベクトルがアリオストの創作姿勢の特色となっていることを明らかした。そしてこの成果をイタリア語による学術論文にまとめて校閲を依頼した。その意見をもとに修正作業を行ったうえで、海外の学術雑誌に投稿する予定である。また上記の研究に関連してタッソの1行の直接話法の事例の分析を行い、その成果を欧文紀要に発表した。
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