研究課題/領域番号 |
21K00422
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
鷲見 洋一 慶應義塾大学, 文学部(三田), 名誉教授 (20051675)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 共時性 / メンタルモデル / 事件 / 圏域 / 1730年代 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、人文研究における「共時性」の理論構築とその応用実践である。我が国の人文系研究者、とりわけ思想史系研究者の「メンタルモデル」になっている「通時性」重視の歴史観に異議を唱え、フランス1730年代という10年間に対象を限定して、この時代を「共時性」の相の下に描出するのが狙いである。ヴォルテール『哲学書簡』刊行や小説禁止令などを中心に、同時代の政治・歴史背景、さまざまな個人や集団の動向や心性と関連づけて、脱領域重視の方法で論じる。同時期の人間がその心身両面で実際に生きていた10種類の「圏域」概念を導入し、10年全体を理論構築と実践記述の両面から構造化する。 「共時性」、「同時多発性」、「超域性」研究方法促進のための具体策として、「資料論」、「圏域論」、「事件論」の3つの論点を押さえたい。以上の論点で、まず「資料論」では参考にすべき1730年代の書籍、定期刊行物などを揃えて、研究コーパスを構築した。「事件論」は20世紀の歴史家による一連の業績を精査し、論文を収集するようにつとめた。同時代人が、限定された期間における現実所与の各々を、特定の「メンタルモデル」を介して受容していたと考えるところから、「圏域」概念が生まれた。a 自然圏域 b 政治圏域 c 公共圏域 d 私的圏域 e 生活圏域 f 経済圏域 g 思想圏域 h 表象圏域 i ユートピア圏域 j 隠蔽圏域 。以上の「圏域論」については、最初の二つ、「自然圏域」と「政治圏域」に着手した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
「共時性」、「同時多発性」、「超域性」研究方法促進のための具体策として、「資料論」、「圏域論」、「事件論」の3つの論点を押さえたが、2021年度はまず「資料論」として、フランス1730年代を共時的に捉えるために有効な資料体の構築を目指した。2021年度は『王立暦1739年』を中心に 諸資料を精読し、18世紀中葉の「メンタルモデル」を描出した。「圏域論」の範疇では、自然圏域(気温、天気、氷河)と政治圏域(王権、政府の政策、宮廷の動向、戦争外交)を取り上げて、資料を精査した。人文系18世紀研究の新機軸としては、博物学者ソシュールに注目し、彼がアルプスの氷河を観察した結果、気温の上昇を報告しているデータから、パリの平均気温を考察するという方法を採用した。 「隠蔽圏域」研究はいわば事件論の総仕上げである。主として定期刊行物の記事から漏れ落ちてしまう生々しい現実と、記事になっても変形され、歪曲されて報道される出来事(定期刊行物「雑報」欄が伝える伝奇的な情報など)を取り上げ、そうした操作と編集の過程で、「事件」のもつインパクトが弱められて、一般社会の常態に吸収されていく消息を確認した。
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今後の研究の推進方策 |
思想史系研究者の「メンタルモデル」になっている「通時性」重視の歴史観に異議を唱え、フランス1730年代という10年間に対象を限定して、この時代を「共時性」の相の下に描出するのが狙いである。ヴォルテール『哲学書簡』刊行や小説禁止令などを中心に、同時代の政治・歴史背景、さまざまな個人や集団の動向や心性と関連づけて、脱領域重視の方法で論じる。多分野を渉猟する努力と膨大な資料博捜とが要求されるが、力尽きてただの世界史年表のような事象・事件の平板な羅列・記述に終わらないためにも、同時期の人間がその心身両面で実際に生きていた10種類の「圏域」概念を導入し、10年全体を理論構築と実践記述の両面から構造化する。「共時性」研究の提唱で人文研究、とりわけ我が国の18世紀研究に新たな一石を投じたい。 a 自然圏域(気温、天気、氷河) b 政治圏域(王権、政府の政策、宮廷の動向、戦争外交)c 公共圏域(メディア、社会、サロン、手紙、公衆世論) d 私的圏域(自己イメージ、家庭、交際)e 生活圏域(ヴォルテールなどの書簡よび定期刊行物に見られる衣食住や薬品広告につい て若干の個人の私生活を例に取りながら記述する)f 経済圏域(物価指数、農業ほか諸産業と流通)g 思想圏域(書物、出版、自然科学ほか) h 表象圏域(美術、演劇、音楽・オペラ) i ユートピア圏域(夢想、理想)現代社会ではほとんどありえない夢や夢想や感傷の作物で満たさ れる。ヴォルテールを始めとする際立った個性の息継ぎの場所であり、楽園である。むろん、造形芸術や文学との関連が問われる。j 隠蔽圏域 (恐怖、異常、犯罪、処刑、地下文書、検閲) 以上の10圏域について、資料を博捜しつつ調査を進めるのが、今後の方向である。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍ゆえ、出張などの支出がまったく生じなかったためである。2022年度は、もっぱら書籍の購入を中心に、昨年度までの調査・研究の延長線上で、新しい「圏域」を視野に取り込みたい。
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