研究課題/領域番号 |
21K00424
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研究機関 | 日本大学 |
研究代表者 |
渡邊 徳明 日本大学, 松戸歯学部, 講師 (20547682)
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研究分担者 |
嶋崎 啓 東北大学, 文学研究科, 教授 (60400206)
松原 文 (松原文) 立教大学, 文学部, 助教 (70827245)
高名 康文 成城大学, 文芸学部, 教授 (80320266)
伊藤 亮平 松山大学, 法学部, 講師 (80781070)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 中世の老いと成熟 |
研究実績の概要 |
2021年12月10日の国際アーサー王学会日本支部においてメンバー全員でシンポジウム「老いは愚かさを克服できるのか? ―中世文学における老いと成熟との不連続性をめぐって―」を開催し、各自が研究計画に沿って口頭発表した。ドイツ中世宮廷文学の最盛期は1200年頃とされ、その時期の「偉大な」詩人たちによる叙事詩や叙情詩は、中世後期にいたるまで規範とされ、更にはパロディの対象とされ、貴族のみならず社 会各層の文化の土台となった。ドイツの宮廷文学は当初、人のあるべき姿を表現しモラルを提示しようとした。それまでキリスト教の聖人を人々が模範としていたとすれば、宮廷の騎士や貴婦人が人々の行動規範を体現 する存在になったことは革命的変化と言える。ただし、中世キリスト教文化において、肉体と男女間の愛はあくまで罪深く、常に留保つきで許容されたのも事実である。つまりそれらはあくまで祈りと理知的節度で制御されるべきものであった。ここで一つの問いを我々は提示した。すなわち「人は老いることで賢くなり、無知や肉と情欲の害から離れること ができるのだろうか」という問いである。松原は主人公の罪の償いと成長との関係を扱う『パルチヴァール』について論じた。伊藤 は愛(ミンネ)の概念論争が最も端的に表現された恋愛詩における老いのモチーフについて論じた。渡邊は成長 (老化) と罪深き愛の克服が単純に結びつかない例を『トリスタン』に見いだそうとした。 更にこのテーマについて、ドイツ語圏に特有の傾向が看取できるのか、 という点について、 ドイツ語圏中世宮廷文学の成立に大きな影響を与えたフランスの文学の動向を踏まえるべきで、その観点から高名が『狐物語』について論じた。また、このテーマの通時的・歴史 的な変遷をたどる目的で、嶋崎はキーワードとなるドイツ語“tump”の意味論的・語用論的変化を語学面から解明した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1年目(2021年度)の当初の計画は以下の通り。 渡邊(代表者):準備として『トリスタン』『ニーベルンゲンの歌』及び関連する伝説における性愛の問題、更に近親者の愛の問題を考察する。/ 松原(分担者):『パルチヴァール』の愛は、結婚の不変の愛と、移ろいゆく結婚外の恋愛に区別される。「愛」を表す諸概念の用例を、13世紀初頭の作品間で比較し、結婚と恋愛の対立と調和の諸相を考察する。 /伊藤(分担者): 初期ミンネザング(1160-1190年頃)では、報われない精神的な愛をテーマとする「高きミンネ」思想が芽生えておらず、男女の恋愛が直接的に表現される。当時の性愛表現を通じて、「高きミンネ」発生以前の歌人の恋愛観を考察する。 /高名(分担者):『狐物語』およびファブリオーにおける、トリスタン伝説、および宮廷風騎士道物語のモチーフのパロディー的使用、特に動物の登場人物や農夫に騎士や貴婦人の役を担わしている場合に関して、他のメンバーに情報提供しながら、「遊戯」シンポ(2019)で嶋崎が指摘したナイトハルトと『狐物語』の親縁性について調査する。 / 嶋崎(分担者):15世紀初頭に成立したヴィッテンヴァイラーの叙事詩『指輪』は宮廷風恋愛のパロディーとして農民の恋愛と婚姻を描き、粗暴な農民による露骨な性描写が特徴的である。この猥雑な恋愛の源流にある「ミンネゼンガーの」ナイトハルトにおける農民像の伝統を考察する。加えて、『指輪』での「ミンネゼンガーではない」ナイトハルトも取り上げ、両イメージの混交の歴史も調査する。
上記の1年目の当初計画は、2021年12月のアーサー王学会シンポジウムの準備作業と本番の発表において概ね順調に達成されたと考える。
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今後の研究の推進方策 |
2022年度は本研究メンバーがそれぞれ以下の方策をもって研究する。
渡邊:『モーラントとガリエ』の「愛」を内容的に類似する『トリスタン』と比較する。王から不倫の疑いをかけられる男女が主人公である点では共通するが、後者は愛の存在を本人たちが明白に言葉と態度で否定する点で異なる。この男女の関係を精査する。/松原:ヴォルフラムにおける女性の身体描写と性的な諧謔の表現を分析し、その新しさを論じる。女性の美には12世紀以来の定型表現があった。だが『パルチヴァール』では定型が崩れ、その身体描写には定型の観念性を外れた生々しい誇張があり、古典のパロディー化の出発点となった。ハルトマンから13世紀半ばまでの作品を比較し、相違点と接続性を考察する。/ 伊藤:「高きミンネ」思想の導入以降、直接的な性愛は抑圧され、女性は純粋で理想的な存在としてシンボル化される。その一方で抑圧された性愛に対する批判は当時から存在し、特にナイトハルトはミンネザングをパロディー化し、性愛をグロデスクに誇張する。このような性愛の理想化とそのパロディー化を検証する。/ 高名:北仏の抒情詩人によるパストゥレルや、アダン・ド・ラ・アールの劇『ロバンとマリオン』における騎士の、農夫の娘への求愛モチーフにみられる、宮廷的恋愛の価値体系の中で風穴を通すように露呈される性愛について、他のメンバーに紹介しつつ、同じく宮廷的価値観の中で、農夫の娘の恋を歌うミンネザンクについて調査する。 / 嶋崎:『指輪』での猥雑な農民像のもう一つの源流である、自然的存在としての農民を、時祷書などに描かれる農民像や中世以来の自然観との関連から考察する。時祷書での農民は農作業によって1年の季節を表す自然の一部、世界の秩序の構成要素であるが、謝肉祭で見られるような秩序を壊す粗暴なイメージもあった。そうした自然的存在として農民の二律背反性を解明する。
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次年度使用額が生じた理由 |
令和3年度の当初研究計画では、5人のメンバー全員で、打ち合わせ・および学会出張のための国内旅費32万円、海外での現地調査費68万円を計上していた。ところが、新型コロナウィルスの感染が止まらず、国内学会はオンラインで開催され、また国内での打ち合わせも、感染拡大防止の観点から、移動の自粛が求められた。とりわけ、蔓延防止措置の期間は社会的責務として移動を控えざるを得なかった。 翌年度に繰り越された助成金については、社会状況・国際状況の好転を見極めて、積極的に研究交流・研究発表のための旅費・現地調査費に充てる。もっとも、メンバー全員がドイツあるいはフランスという西ヨーロッパの文化を研究しており、ウクライナでの戦争やコロナウィルスの感染状況によっては、予定通りの予算執行が困難となる可能性もある。それでも、現地に行って初めて分かる文化的事象や社会情勢は多く、引き続き努力を続けたい。
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