研究課題/領域番号 |
21K00447
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研究機関 | 関西大学 |
研究代表者 |
近藤 昌夫 関西大学, 外国語学部, 教授 (80195908)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | ペテルブルク神話 / コロムナ / プーシキン / ゴーゴリ |
研究実績の概要 |
研究課題(「ロシア都市文学の聖地コロムナとペテルブルク神話の生成・変容」)解明のために2022年度は、前年度の研究成果(口頭発表「『スペードの女王』のゴシック」)を踏まえ、同じプーシキンの『エヴゲーニィ・オネーギン』をとりあげて「スヴャートキ(降誕祭聖週間)」と物語構成の関係についてペテルブルク神話の観点から論文にまとめ、公表した(「『エヴゲーニィ・オネーギン』試論」)。プーシキンは『コロムナの小さな家』において冬至の祭りを習合した「スヴャートキ」の反転の原理を、内容と形式の両方に導入しているが(口頭発表「プーシキン『コロムナの家』の「反転」」)、本論文では、プーシキンが『コロムナの小さな家』に先立ち、西欧文学のパロディが駆使されている『エヴゲーニィ・オネーギン』においても、自然が死から生へと蘇る一年の節目「スヴャートキ」を導入し、西欧追従から自立への道を歩みはじめたロシア社会の転換に重ねていることを明らかにした。このことは『スペードの女王』のゲルマンが西欧に調和を求めて破滅に至ることとも一致する。 これらの成果に基づき、プーシキンの創造したペテルブルク神話の影響を、同時代の作家ゴーゴリの、コロムナの物語(『ネフスキー大通り』『肖像画』『鼻』『狂人日記』『外套』)で検証した。その結果ゴーゴリが、ペテルブルク神話が言明するロシア社会の「分断と喪失」を一連のペテルブルク小説の基本的テーマに据えていること、ウクライナとローマを舞台にした物語で「調和と願望」を表現していることが明らかになり、ペテルブルク神話の文学的根拠(生成)の確認と変容の一例が提示できた(口頭発表「ゴーゴリ『ローマ(断章)』とペテルブルク」)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
これまでの実績(JP17K02631, JP21K00447を含む)をもとに、単著書『ペテルブルク神話と文学のコロムナ』(水声社)の刊行を予定している(印刷中)。本書は、ペテルブルクのコロムナ地区を舞台にした、1830年代から1840年代の、プーシキン、ゴーゴリ、ドストエフスキーの物語をとりあげ、「ペテルブルク神話」の生成・変容についてまとめたものである。
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今後の研究の推進方策 |
文学の「ペテルブルク神話」が言明するロシア近代の社会秩序は、「垂直と水平の闘争」がもたらす「分断」であることが例証されたが、「垂直動」に象徴される為政者の西欧志向と「水平動」に象徴されるロシア民衆のパワー・バランスが、「垂直」から「水平」に転換していくのが、アレクサンドル二世の「大改革」を経た、次帝アレクサンドル三世の「反動の時代」である。懐古趣味そして鉄道と電信電話の急速な普及を特色とするこの時代は、ドストエフスキーとツルゲーネフが没し、トルストイが宗教伝道家となり、長編小説の時代から中短編小説に優れた才能が登場する時期と重なっているが、かれら新たな才能が鉄道や電信電話をモチーフしているのは偶然ではないと考えられる。 今後は19世紀前半の研究成果を踏まえて、19世紀後半の、鉄道と電信電話時代のペテルブルク神話のさらなる変容について、とくにガルシン、コロレンコ、チェーホフの作品で考察を深め、全体構想「ペテルブルクを触媒にしたロシア近代文学の成立と特徴の解明」の実現に向ける。
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次年度使用額が生じた理由 |
ロシアのウクライナ侵攻の長期化により当初計画していたサンクト・ペテルブルクのコロムナ地区の現地調査の延期を余儀なくされた。そのため、次年度使用分が発生した。侵攻が終結すれば現地調査に赴く計画である。
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