2023年度は、2021年度に行った、『スペードの女王』を中心とする、プーシキンの「ペテルブルク物語」三部作の分析結果(口頭発表「『スペードの女王』のゴシック」関西大学東西学術研究所研究例会)および2022年度に行ったゴーゴリの『ローマ』の分析結果(口頭発表「ゴーゴリ『ローマ(断章)』とペテルブルク」同)をもとに、ゴーゴリの「ウクライナ小説」(『ディカーニカ近郊夜話』『ミルゴロド』)と『ローマ』の関係を「ペテルブルク神話」をコンテクストにして検討した後、検討結果に基づいてドストエフスキーの夢想家の物語を再検討した。 その結果次の3点を解明できた。1)「ウクライナ小説」は、『ディカーニカ近郊夜話』第一部の特徴の一つである、ロマン主義的調和の賛美が第二部で背景に退き、次作『ミルゴロド』になると一連の分断の物語「ペテルブルク小説」の影響を強く受けて外の世界と内の世界の対立(例えば『昔かたぎの地主たち』の森と家の対立)が物語世界に調和の喪失をもたらしていること、2) 「ウクライナ小説」のロマン主義的調和の賛美はペテルブルクとウクライナを対照している後年の自伝的作品『ローマ』にも指摘できること、3)ゴーゴリが「ペテルブルク小説」で繰り返し「分断」を描き、ドストエフスキーがゴーゴリを批判的に解釈して「調和の願望」を描いていることから、ロシア近代の秩序(「分断と調和の願望」)を言明したプーシキンの「ペテルブルク神話」の修辞化が、コロムナを舞台にした文学に始まったこと。 2023年度は、以上の一連の研究実績を、先行課題17K02631「コロムナ地区と1840年代のドストエフスキー」の研究実績とともに単著『ペテルブルク神話と文学のコロムナ』(水声社)で公表し、年度末に全体を総括する報告を行った(口頭発表「文学的神話としてのペテルブルク」同)。
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