研究課題/領域番号 |
21K00466
|
研究機関 | 神奈川大学 |
研究代表者 |
鈴木 宏枝 神奈川大学, 外国語学部, 教授 (60558039)
|
研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
|
キーワード | 翻訳 / 英米児童文学 / 明治期 |
研究実績の概要 |
明治時代の翻訳の諸相にアプローチするにあたり、第一に櫻井鴎村について、実際の作品にあたり、研究を深めることができた。翻訳の第一作にあたる『勇少年冒険譚 初航海』の分析に続き、続く世界冒険譚シリーズの第一編『金掘少年』について日本児童文学学会研究大会で「櫻井鴎村の翻訳の特徴-The Boy Emigrants(1877)と『金掘少年』(1900)」として口頭発表した。ノア・ブルックスの原作と突き合わせて構成と訳出上の工夫の両面から分析し、これまで、奇想天外でスリリングな冒険小説として翻訳出版したものの同時代の押川春浪ほどの人気は出なかったといわれてきた櫻井をむしろ、翻訳者として再評価し、仲間の結束や勧善懲悪、学問の重要性を示す教育者としての姿勢を重視していたのではないかと結論づけることができた。この過程で、実業家として児童文学分野から遠ざかっていった櫻井のその後の歩みも明らかになってきた。第二に、櫻井と近しい関係にあった若松賤子によるSara Creweの翻訳についての口頭発表を「若松賤子の翻訳の精緻性-Sara Crewe, or What Happened at Miss Minchin'sと「セイラ・クルーの話。一名、ミンチン女塾の出來事。」」として研究ノートにまとめ、削除や省略がほぼない若松の翻訳の緻密さを評価するとともに、櫻井と若松を並置することで、明治時代の先駆的な児童文学翻訳の多様性の一端に迫ることができた。 資料として引き続き、明治時代から太平洋戦争期までの英米の翻訳児童文学作品を収集したほか、大学図書館の協力で新たに調査すべきコレクションを知り、特に、櫻井鴎村訳の『少看護婦』の原作を追究する下準備を進められた。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
「近代日本における英米翻訳児童文学の受容」として、明治期から太平洋戦争敗戦までの期間を想定していたが、明治期については潤沢な先行研究にも支えられ、特にあまりこれまで見いだされていなかった櫻井鴎村の業績の再評価を中心に、当時の翻訳のあり方について考察できた。若松賤子についても、これまでの質的研究に加え、量的なアプローチを試みたことで、その功績に新たな根拠が加わった。櫻井の世界冒険譚シリーズについては、すべてを入手し、原作を明らかにするとともに、どの版を用いたかの探究を始めている。 大正時代から太平洋戦争期までの研究は資料収集をおこなった段階だが、若松賤子のSara Creweの翻訳から接続して、Sara像にどのような変化が起きたかを翻訳から考える見通しも立っている。
|
今後の研究の推進方策 |
今後の方策は3点ある。第一に、櫻井鴎村の世界冒険譚シリーズの翻訳の特徴について、第一作の『金掘少年』について考察した口頭発表を発展させ、シリーズの他の作品とも連動させて論文にまとめる。第二に、フランシス・ホジソン・バーネットのA Little Princessについて菊池寛訳と伊藤整訳の分析を進め、セアラが翻訳によってどのように日本に受容される少女像になったかを考察する。第三に、太平洋戦争期に石井桃子と並んでWinni-the-Poohの翻訳を出した松本恵子に着目し、石井の陰でこれまでほとんど論じられてこなかった『小熊のプー公』『プー公横町にたった家』の翻訳について再評価をおこなう。こうした研究と並行して、これまでに収集してきた貴重な戦前の英米児童文学の翻訳作品の展示をおこない、一般公開したい。
|
次年度使用額が生じた理由 |
2022年度を病気療養に充てたため研究期間の延長申請が認められ、2022年度に中断した分を2024年度におこなうこととした。2024年度は、学会参加旅費、古書を中心とした資料収集、分析のためのテキスト化、展示会の什器レンタル等に使用予定である。
|